2004.08.02

おいら的ナショナリズムのむずむず感は何処へゆく...

ずっと前、高校生くらいのころからずっと(人生半分やん...)、私のなかでもやもやとしていた、「個人」と「帰属集団」とのありかた。
最近、サッカーでの「あれ」を巡って、ブログ界でも、にわかにその話題で湧いているような。

あんまり考えすぎて、この酷暑に持病を悪化させたくないので(2002年の時にそうだったんだ!!)、入れ込みすぎないように、距離を置きつつ流し読みしていたんだが、あるとき、ついに見つけてしまった。
わたしの「むずむず感」を、まさにバチッと表現してくれたフレーズを...。

『「いんちき」心理学研究所』さんの、「日本の反中問題」という記事にある、
http://psychology.jugem.cc/?eid=31
「愛国心ってのはあれだろ。自分に自信の無い奴が自信の対象を国にスライドさせているだけだろ」
という一言だ。

同じく、「絵文録ことのは」さんの、「愛国心(または国という枠組みへの帰属感)反応集 [いろいろ]」
http://kotonoha.main.jp/2004/07/30patriot-reaction.html
にも、多くの発言に共感してしまった。というか、勇気をもらった。

※ダバディさんblogの、「アジア・カップの応援スタンス騒動…」という記事にも同じく共感したのだが、(私も彼も「親韓家」という共通スタンスもあり...^^;;)、残念ながらこちらは削除されて、別記事
http://dabadie.cocolog-nifty.com/blog/2004/07/post_14.html
にまとめられたみたいだ。

ていうか、個としての自分に絶対の自信がある人なんて、よっぽど「何かある人」(汗)だけではないの?
だから、帰属集団と自分をシンクロさせることで、自分のアイデンティティの一部を形成しないと、そてもやってられない、というのは分かる。
だけど、思うのは、だからといって、「個人」と「帰属集団」が、煮込みすぎのカレーの具みたいに、境界が無くなってしまうのは、危険だと思う。
自分の意見がたまたま世間の通説と同じだからと言って、「常識なんだから、そうしなさい」と人に言われたら、そんな詭弁は、すぐに見破られるでしょ。
そう、それは、帰属集団のあり方に衣を借りて、自分の思い通りにしようとしてる「詭弁」だけだと、もしかしたらうすうす感じてる人も多いと思うんだ。
それが恣意的なら、まだましで(使いこなされるとまた厄介ではあるが)、問題は、「煮込みカレー」が無意識な場合。

それは、世間的にかなり弱っちいダメダメな、私にだって同じように課せられることだ。
何しろ、上の3つの記事に「勇気づけられて」、それらにしかコメントできないあたり、やっぱり一人っきりで戦うことなんぞできない、仲間がいてほっとした、っていう心的態度なんだから(苦笑)。

話がちょっと飛ぶが、私の中で「ナショナリズム」についてのもう一つ大事な課題は、韓国のナショナリズムと私自身が、どう付き合うか、だ。
ナショナリズムといっても、その形成過程にはいろいろ違いがあるわけで、あまり多くの具体例は分からないけれど、唯一経験的に挙げられるのは、韓国の場合。

独立>南北分断後の軍事政権化では、(主に北と比較しての)政治的、経済的競争力増大のために、トップダウン数値目標的なナショナリズムが浸透していた。
ところが、70年代から徐々に、そして80年代に入って一気に、民主化のための「反米統一」を掲げた民族自決主義的ナショナリズムが増大し、現在の韓国社会をつくるもとになった。
現在は、この二つのナショナリズムが、時には激しく対立し(在韓米軍問題や、最近では大統領弾劾問題など)、時には「煮込みカレー」になって(W杯の時とか)、矛盾を抱えながら共存している。

で、マスコミの韓国関連報道を通じて見ると、どうにも「負けず嫌い韓国/熱い韓国」(笑)という描かれ方になってしまうのだが、ダバディさんも指摘されているとおり、個々の人と話すと、やはりというか、随分スタンスが違う。
「韓国は政府の影響が大きすぎ!やっぱ小さい政府がいいよね。」(byアーティスト)
「日本の自衛隊には、職業だからいいよね。韓国も兵役を廃止しないと。」(by公務員受験生)
「日本人は、過去の過ちを認めて、立派だなあと思った。」(by写真家/まじで!?)
もちろん、日本に北朝鮮籍の人がいることを聞いただけで嫌な顔する人や、朝鮮語の塾の宴会の余興で、初級クラスの生徒さんたちが、一生懸命ハングルで覚えた「我らの願いは統一」を歌うのを聞いて、頬骨がヒクヒクしちゃう人も実際にいるわけで、個人的には「んも〜、了見狭いわね」とかツッコミ入れたくなるのだが(苦笑)。

私が韓国と付き合うということは、こうした、日本のそれとはちょっと違う国家観、民族観と折り合いをつけたり、共通分母を見つけていく作業でもあるのだが、私が「個人」と「帰属集団」の2項を考えているように、まずはメディア系又聞き情報に振り回されないように(そのソースも大事ではあるのだが)、個々人とのリアルな対話を、大切にしていきたいし、相手も私に対して、そうあってくれればいいな、と思うところである。

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2004.07.12

「誰かの願いが叶うころ」

この前、ある集まりに参加した。
私はそこで、とても楽しく充実し、また他の方とも情を分かち合える時間を持てた。
が、さっきあるサイトで、その場で人知れず傷ついていた人を見つけた。
その理由は、私には実感の薄いことなのだが、その人にとってはアイデンティティの根本に関わる問題だった。

自分の中の充実感と、自分も我知らず「傷つける」行為に荷担してしまったかもしれないこととの間で、その日の体験をどう整理したらいいのか、私は静かに混乱している。

(「プチ近況」から移動させました)

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2004.06.09

学校は、無条件に楽しいところではない(たぶん)

先週の佐世保の小学生殺人事件、個人的には、時事ネタに逐一反応するblogは目指していないのだが、それでもいろいろ思うところが多いのは、私も人並みに?小学生であったころの葛藤やトラウマを持っているからだろう。
こういう事件の場合、大抵少年犯罪やら少年法が云々...、という話がでてくるものだ。
しかし今回の場合、世論が単純にそこへ至らないのは、小学生生活、あるいは一般的な任意の集団生活にある葛藤が、報道に触れた一人一人のなかで、痛々しく再生されているからではないだろうか。

個人的な話だが、私は、特に小学生の頃、どちらかというと集団生活になじめないタイプだった。
手前味噌だが勉強はそれなりにできる方で、生活態度も真面目ないい子だったが、行動はトロい、運動神経ゼロ、偏食で給食が食べられないなど、クラスで厄介者扱いされる要素的にはビンゴ状態(苦笑)。
先生には好かれる方だったが、好きな先生はいなかった。
というか、内心、罰掃除やお説教のない穏便な学校生活のために、先生を上手にあしらうのも、なかなか骨が折れると思っていた(苦笑)。
あと、旧市街の中規模校という、微妙な立地の問題。
私の通った小学校は、2年の時に学区変更があって、児童数が半分に減った。
私の学年は1クラス30人ずつ3クラス、その下は40人ずつ2クラスだった。
クラス替えをしたところで、新しい友達と新しい人間関係を築くのは難しい。
失敗や争い、葛藤をリセットできないまま6年間を針のムシロの上で過ごすか、「世渡り」に人生をかけるか、どちらかが関の山だろう。
このくらい、あるいは事件のあった学校のようにそれ以下の規模だと、親同士もほとんどPTAで顔見知り、親の職業や行状、生活状態も筒抜けで、それが子どもの人間関係に影響することも少なくない。
こういう濃密な環境で(しかも学校だから、会社のように外部の社会ともあまり接触しない、内向きの状態で)6年間、1日の1/3の時間を過ごし続けたら、そりゃ、大人だってストレスがたまりやすくなるってものだ。
だいたい、小学校6年間の間で、本気で級友を憎んだことが「ない」人って、いるんだろうか?
私はあるよ、何度も、加害者の子みたいに、からかわれてマジ切れしたこともあるし。
このケースの問題は、その誰にもあるはず?の「憎しみ」が、なぜ殺害という極端な行動にまで暴走したのかが、ポイントになるのではないか、と思っているのだが。

で、そう考えると、学校、特に、自分の意志で選択できずにしかも一番長い6年間を過ごす、「小学校」という場所は、ともだち100人できるかなとか、ピッカピカのナニとか、そんな能天気で、通うだけで無条件に楽しい場所なんかで、あるわけがない!
むしろ、そういう幻想を就学前児童に抱かせること自体、無責任なんじゃないのか?「義務」教育であれば、なおさら。

前に、うちの父が不登校関連のニュースを観ていて、普段クールな彼が
「不登校なんぞ贅沢だ!俺たちの頃は、疎開先でも、青空学級でも、学校に行けたことだけで幸せだったのに」
と怒ったことがあった。
その横で私は内心
「あのねえ、あんたの娘も、ほんとは学校行くの嫌だったのよ、登校拒否児童になると大ごとになって、よけい肩身が狭くなるから、12年間この田舎町で我慢すれば、東京の大学に行けるから、それを支えにして、しょうがなく通ってただけなのよ。」
と、つっこんでいたのだが...。
この父の言葉を、改めて考え直してみた。
彼は、1934年度(昭和9年度)の生まれで、新制中学の第1期生、日本の教育が大激変する時期を過ごして、旧制の人間の葛藤も察しつつ、「青い山脈」的な、戦後の学生生活を謳歌した世代だ。
子供時代の楽しみは、小学校(国民学校か)は読書、縁故疎開先でも読書、戦後の物不足の時期に過ごした中学では読書と演劇、高校でも読書と演劇、だったらしい。
そんな彼の学生生活と、当時の社会状況を併せて考えるに、戦後すぐの学校という存在は、地域社会の中で唯一、子どもにとって「文化的で、進歩的で、自己が尊重され、かつ社会の窓として昨日した装置」だったのではないだろうか。
当時の学校では、子どもは家庭の労働から解放されるし、授業は知的好奇心を満たしてくれるし、かつ家庭では見聞することのできない情報(楽器や実験道具、図書館の蔵書など)を提供してくれる、さらに「先生」は地域の文化人で、新しい価値観を教えてくれる存在だっただろう。
そりゃ、無条件で楽しい、魅力的な場所だったに違いない。

しかし、現在の学校、特に小学校はどうだろうか。
子どもは家庭にいても、必要以上の労働から解放されていて、知的好奇心を満たしてくれ、社会の情報や新しい価値観を提供してくれる(もちろん娯楽も提供してくれる)メディアに常に接している。
現在の子どもにとって、学校は、うちの父親の世代と同じような存在意味はないなずだ。
もちろん、社会生活の基礎的な知識やルール(前向きな意味での世渡り術)や、一般教養の教習所として、また教育機会の平等の原則として、学校は必要な場所だとは思う。
ただ、今の学校は、外の実社会と比べてみると、あまりにも「閉じた濃密な小社会」として、子どもの日常を支配してしまっているのではないだろうか。
そうなれば、ネットという、家庭でも学校でもない、開かれたコミュニティに惹かれることも当然だろう。
#これは、大人でも子どもでも同じくだが...。

長くなってしまったが、じゃあどうすりゃいいのと言われれば、子どもにとっての、学校というコミュニティ、学校という価値観の比率をすこし減らして、別のコミュニティ、というか居場所を、できるだけ多様なかたちで作ってやることではないかと思う。
いくら「総合学習」を実践したところで、メンツと場のオキテが変わらない以上、学校に多様な教育サービスを求めるのは、どうしたって無理があるだろう。
その他のコミュニティでの体験(もちろん有形無形に精神的な滋養になる)を通じて、学校を「義務教育の場」とある程度割り切って、学校という価値観と、冷静なつきあい方ができるようになるのではないだろうか。
#ていうか、「学校5日制」の土曜の社会学習って、そういう意味があったんじゃなかったっけ?(苦笑)

以上、近所で小学生が遊んでいるのを観ると、微笑ましいと思うより先に、トラウマを刺激されて「ちっ」と思ってしまったり、彼らの内面を勝手に推し量って、痛々しい気持ちになったりする、もとダメ小学生の、独りよがりな文句タレです。

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2004.05.24

「絶望を拒もう」ということばによせて

昨日、偶然『壊れる前に…』というblog
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/
を見つけて読んだ。
いや、もともとは、ココログルさんで「韓国」で検索したら、「イ・スヨン日本デビュー」
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2004/05/post_21.html
という記事を見つけ、思わず反応してしまったことがきっかけなのだが(笑)。

で、そのblogのある記事に「絶望を拒もう」というタイトルがつけられていた。

日々朝寝昼寝夕寝を満喫中のぐーたら野郎が言うのも全くおこがましいが、こんな私でも、ちょっとは「絶望」のようなものを、感じることだってある。
その中でも大きかったものの一つが、ことに一昨年の9月17日以降、数ヶ月にわたって日本中が靡いた「あれ」だ。
丁度おあつらえ向きにも、当時の私は7月からパニック障害のショックによるうつ症状にはまっていて、やっと立ち直りかけてきた頃だった。
自称「お軟派路線」ながらも、一応朝鮮半島関連に関わる立場としては、テレビ新聞雑誌の報道、自分のことでもないのに、針のムシロに座らされた気分だった。

私には、前に書いたよう
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/04/rku.html
に、北の故郷に帰れない韓国人の知人も、南北両方の在日の友人もいる…。
拉致は絶対的な非人道的行為だということは重々承知でありつつも、だからといってそこまで言わんでも、という言説や興味本意の嘲笑的な報道には、いたたまれない気持ちになって、ますます気持ちが暗くなりそうになっていた。
そんな私の世間話ぼやきを、主治医の「赤ひげ」翁が、ただ黙って聞いてくれたのがせめてもの救いだった。

で、時は流れてこの22日、また「あれ」があった。
「救う会」「家族会」の記者会見を聞いていて、
「日朝の友好関係を早く築いていきたい、と小泉首相は言うが、私たちにとっては、拉致問題の完全解決がなされないかぎり、北朝鮮との友好などあり得ない!」
「経済制裁なしで援助までするとは最悪の結果!」
という主旨の発言が出てきたとき、また私は「絶望」という言葉が頭に浮かんでしまった。
先にも書いたとおり、救う会、家族会の発言をあげつらうつもりなど毛頭ない。
ただ、それが本当に心からの叫びであればこそ、憎しみの連鎖は止められない、それが淋しくてならないだけだ。

いつも書いている通り、私は韓国KBSの1時間ニュースをCSで見ているが、22日は番組中で家族5人帰国、また会談の成果と課題が解説されていた。
そして、キャスターは番組の最後をこう結んだ。
「日本政府が拉致被害者問題の解決を北朝鮮に要求する一方、今日韓国では、北韓、日本らの代表者が集まり、従軍慰安婦補償問題の国際会議が開かれています。自国の人権侵害を追求するのと同時に、過去に自らが犯した人権問題にも目を向けてはどうでしょうか」
私はその発言に「そうだよな」と思うと同時に、このコメントを聞いた韓国の「拉致被害者家族」は、一体どんな気持ちになっただろうか、そう思うとますます複雑な気持ちになった。

散々くどいようだが、私は誰が悪いの問題を言っているのではない。
それぞれの立場の人が、その立場に真摯であればあるほど、問題が複雑化してしまうこの状況が、ただもどかしいだけなのだ。
先にリンクした過去ログの記事で書いた通り、
「世の中で、人の命が、体制や主義主張や下らんメンツなんぞの担保にされるようなことは、金輪際止めていただきたい。」
と言いたいだけなのだが…。

唯一、今日読んだ週刊誌(FLASHだったかFRIDAYだったか失念…)で、蓮池透氏が
「私たち家族会が、北朝鮮に対して経済制裁だと言うのは、あくまで拉致問題解決のためだけであって、北の政権を転覆させようとか、そんなことは考えていない。拉致問題が、右傾的な政治活動などに利用されることがあってはならない」
という主旨のことを言っていたのだけが、私には小さな救いだった。
(正直、これまで私は蓮池氏のことを「誤解」していた、反省。)


…いい加減話が大回りしてしまったが、そんな気持ちでいる私に、「絶望を拒もう」ということばは、

 「絶望」をキーワードに検索してこの稿にたどりついた人 — おそらく、私と同じような心の人 — がい
 たら、どうか、上の言葉があなたにほんの少しでも生きる希望を与えますように。この稿、いつもにも
 増して取り留めのないものになってしまいましたが、この祈りをこめて、ウェブに載せます。

と書かれた、blog管理人「うに」さんが祈ってくださったとおり、私の心に届いた。
私も2年前よりは、もう少し上手な心の処しかたを心得たようで、今のところは何とか落ち着いていられる。

一方的な読み方をしておいて(?)、言いたいことを散々書きちらして、勝手にお礼言って、挙句にトラックバックまで送ろうとしてるし、もう独りよがりで困っちゃいますよね(大汗)。
でも、やっぱり言っちゃいます。
素晴らしいことばを本当にありがとうございました、うにさん。


#ちょっと格好つけて記事タイトルをつけてみたけど、やっぱり面映いぜ。
柄じゃないことは無理があるねえ…(^^;;)。

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2004.03.21

あるサイトで見つけた旧友

この前あるサイトで偶然、高校以来ごぶさたしている旧友の名前を見つけた。
おお、懐かしいなと思ったのもつかの間、実はこのサイト、私の思想信条(それほど大仰なものでもないが)とは、思いっきり逆ベクトルの主張を展開している、某大手メディアのそれじゃないか。
そのページのひとつには顔写真も載っていたので、間違いなく本人だ。
彼女は、どうやらそこでいろいろな媒体の記者を経て、現在はいわゆるオピニオン系の硬派媒体にいるらしい。
私と同い年(今年で35)だから、この手の月刊誌の記者としては、まだ若手扱いなんだろうけど。

まじめで成績優秀、何ごともソツがなく、他人と話したがらない子とわざわざ親しくするようなタイプの子だった。
下手をすると、そういういかにもの優等生ぶりが鼻につきそうなものだが、私はなぜかあまり気にならず、日常の話題は普通に話す程度の仲だった。
もちろん、思想がどうこうの雰囲気なんぞ全然におわない。
#どっちかというと、私の方が学校の体制や先生に対して小生意気な口をきいて、友人たちをヒヤヒヤさせていた奴だったし…。

高校卒業以来、彼女の進学先も知らないまま、当然向こうも、多分こっちのことなんぞ一度も思い出さないままに、16年が過ぎて、こんな形でまた出会おうとは。
もし今、彼女に偶然再会したら、一体どんな話ができるだろうか。
この間、それぞれに楽しかったこと、苦労したこと、30代になってみて思うことを持ち出して、てらいなく盛り上がってみたい気持ちが半分。
その一方で「あんた何でまた、こんなとこで仕事してるんだい!?何考えてるんだよ?」と気まずい思いを覚悟で、問いただしたい気持ちも半分。
(多分向こうの方が百戦錬磨な筈やから、私があっさり論破されるんだろうけどな)

まあ所詮、こちらがまったく一方的に、彼女に対して複雑な思いを膨らませてるに過ぎないのだが。


…で、一人でしばらく抱えていたのだが、妙にたまらなくて、先日思わず連れ合いに「なんだか納得行かない、って感じなんだよねえ〜」と打ち明けてみたら、あっさり「いいやんけ〜。人間、いろんな考えの人がいるもんや〜」と、いなされた。
「あんたが納豆どうしても食えないのと、同じことよ」と言い返してやったけどね(苦笑)。

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将来は日本画の創作、保存、修復の仕事、美術の研究をしたい

というようなことを今から目標に掲げている、小学6年生(新中1生)が居ようとは…(激汗)。

改めて引用させていただくと、
「日本画の創作、保存や修復の仕事、そして広く美術の研究にも関心を持っています。」
(アサヒ・コム2004年3月18日記事より)
とのこと。

天皇制や王室(皇室)については、個人的にそれなりの意見もあるけど、とりあえずそれはさておいて(主人公もまだ未成年だし)、このしっかり者さんぶりには、ただただ唖然…。
私、いちおう現在美大生で、日本画専攻の人も知っているけれど、小学生の時から「おいらは絵画修復や文化財保護を生涯の仕事とするのだ!!」と邁進してた人なんて、親がそういう仕事でもしてない限り、殆ど居ないと思ううのだが。
#美大予備校にちゃんと行ったことないので、あくまで伝聞の範囲だが、日本画専攻を選んだ人は、予備校で水彩デッサンが飛び抜けて上手かったので、そっちを勧められた、ってケースが多いのではないだろうか。

だいたい、自分の小学校卒業時(22年前…)に、こんなに具体的な将来の目標なんて、持つに持ちようもなく、勉強といってもせいぜい宿題したり塾でおさらいする程度に、毎日アニメ観たりなんてその日暮らしをしてたしなあ。

いや、「彼女」に限らず、ときどきマスコミに出てくる「とてもしっかりして、才気溢れる小中学生」を見ると、もちろん本人の努力や才能が大前提なのだろうが、どうしても「生きる環境の地域格差」を感じざるを得ないのがつらい。
「彼女」にしても、本人が求めれば幾らでも得られ、少なくとも大学までは何の不安なく希望通り進路が自己決定できるという、超恵まれた教育環境があってこそ、こう育ったわけで…。

大体少なくとも、私の育った地方都市(甲府だけど…)では、世の中にこれほど多様な職業があることなんぞ、想像しようもなかった。
だから、小学生の時、級友のなりたい職業を聞けば、たいがい「学校の先生」「プロスポーツ選手」「看護師」「家業を継ぐ」。その職業の良し悪しが言いたいのでなく、身近に仕事内容の分かる大人の仕事が、それくらいしか身の回りになかった、ということだ。
で、そのどれにもなりたくなかった私は、結局高卒までまともに進路を決められず、専攻よりも大学全体の雰囲気を優先して、やや安易に「指定校推薦」てやつで進学をしてしまった。

ところが、18歳で上京してみると、東京に生きているだけで、田舎では想像もつかないくらい多様な職業と、そこで働いている人の存在に驚いた。学校もいちおう総合大学だったので、さまざまなテーマでの学術研究とやらがある、ということも分かってきた。
ちょうど、進学した学部(経営学部…)のコンサバな雰囲気(!)に馴染めなかったこともあって、学校ではもっぱら美術サークルでシルクスクリーンや木版画をつくったり、展覧会の企画に夢中になってるうちに、何となく「アートやデザイン、企画に関わる仕事がしたい」と思い始めて、専攻違いと誹られつつも学芸員過程を勉強したたりした。
その時点で既に21歳。ここまでかかって、やっとスタートラインに立った、いや、エントリーの募集ハガキを書いた、くらいの地点まできたわけだ。そこから何とか、画材屋の宣伝部に潜り込んで、紙焼き(もうやらないよな^^;;)やらMacやらコピー書きから始めて、ついでに朝鮮語なんぞもやりつつ、どうにか「好きなことを一人で仕事する」という最低限のところに到達して、また勉強を始めるまでに、13年くらいかかってしまった。
もちろん、その13年間は自分にとって、とても大切な時間だったけど。

『13歳のハローワーク』も賛否あるようだが少なくとも、私のような環境にいた中高生にとっては、生きること、働くことの多様さを教えてくれるという意味で、いい本だと思う。
何の情報もないまま不安や諦めをもちながら過ごす10代生活から抜け出して、少しでも夢をもったり努力したりのきっかけになるならば、だ。

上京したころ『スピリッツ』に連載していた、いわしげ孝の『ジパング少年』という漫画に、
「人間は、自分が一番理想とするものに、一番近い存在になれる」
という台詞があったのを、今でもときどき思い出している。
年に1、2回、実家に足を運ぶとき、街角で見かける中高生に、「ここは確かに窮屈な場所だけど、でも諦めんなよ、夢を持とうぜ!」心の中で呟いてみる、34歳の「おねいさん」なのであった。ちゃんちゃん。


…何か、書いているうちに、カテゴリを最初は「文化・芸術」にしてたのに、どんどん話がずれてしまい、どれにしようか迷いに迷って結局「日記・コラム・つぶやき」にしてしまいました、あーあ。

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2004.03.12

マルセル・プルーストの質問表

いや、何か自己紹介の一助になる記事を書いてみようと思ったのですが、「100の質問」だとちと長いしな〜、ということで、「マルセル・プルーストの質問表」に答えてみます。
前に「関心空間」でも流行ったのですが、ちょっと「関空」的には違うKWかなと思ったので、blog開設を記念して…?


1. あなたにとって悲惨の極致とは?
肉体的苦痛、意志に反する死。
(要は、痛いとか辛いとか、そういうのがダメなんです。頭痛とか風邪でも)

2. もしできることならどこで暮らしたいですか?
茶の間の続き間が書庫で、光回線完備、風呂が広くて、なおかつローンの安い家。
(すんげー現世的欲望!)

3. あなたにとって現世の幸福の理想とは?
自己実現がさまたげられないこと。
(勝手!)

4. どんな過ちに対して、あなたはいちばん寛容になれますか?
とりあえず努力の方向は間違っていない、と思えることならば。

5. 小説の主人公であなたが好きなのは?
「泣いた赤鬼」の赤鬼と青鬼。

6. あなたが一番好きな歴史上の人物は?
ある意味Q26参照。

7. 実生活で一番お気に入りの男性(女性)は?
つれあい(こら)

8. フィクションであなたの好きな男性(女性)は?
ドカベンの里中君。
(幼児園児時代からのアイドルだからしょうがないのだ)

9. 一番好きな画家は?
モグリでもいちお美大生としては、「音楽家」の対応語として「画家」がふさわしいのか非常に引っ掛かるのだが、あえて「平面作品のペインティング作家」に限定するならエドワード・ホッパーとベン・シャーン。
「版画」まで含めていいなら、呉潤と藤巻義夫。

10. 一番好きな音楽家は?
サウンドが好きなミュージシャンというのは沢山いるけど、音楽「家」と聞くからには、「ひととなり」とか「生き方」も含めてのことなのか?
だとすれば、「TOY」のユ・ヒヨルと、ジョージ・ガーシュイン。

11. 男性の資質で一番好きなものは?
同じ体格の女性と比較して、より筋力があり、重いものが持てるので、女性としては助かる

12. 女性の資質で一番好きなものは?
声が男性より高音なので、男性よりカラオケのレパートリーを増やして楽しめる。

13. あなたが一番好きな美徳は?
お茶目さ。
一見簡単そうだけど、ユーモア、前向きな心、アイディア、優しさなどの要素を兼ね備えていないと到達不能な、かなり高度な精神的境地だと思うから。

14. あなたが一番好きな仕事は?
夢中になって時間が忘れられる仕事。
何らかの形で、自分のパーソナリティを反映できる仕事。

15. どんな人になりたかったですか?
生理痛がひどくない体質の人!!!
体育の授業で、跳び箱3段目から落ちて失神したりしない程度に運動神経のある人!!!!!(泣)

16. 自分の性格の主たる特徴は?
ハマるとどハマるが、ダラけるととことんダラける。

17. 何が幸せと考えるか?
最低限、恣意的に与えられる苦痛や恐怖からの開放。
自分だけに限ったことではないでしょうけど。

18. どういうことが自分にとって最大の不幸になるか?
自己実現が著しく妨害されること。

19. あなたは何になりたいか?
これからできることで言うと、韓国のインディーカルチャーや現代美術を通じて、日韓の人たちと現場レベルで、こりごりと楽しむ環境づくり。
人間以外とか、そういう方向でいえば「リラックマ」あたりが理想(おい)。

20. 一番好きな色は?
これまたへ理屈で恐縮だが、色はそれ単体で判断されるものではなく、他の色たちとの組み合わせや、塗られた表面の質感(つるつるとかマットとか)、塗る支持体(車なのか洋服なのか?etc)、その色のある環境など、いろんな要素で判断されるものだから、一色だけっていうのは選べないよ〜ん。
#嫌いな色、っていうのはあるんだけどね。

21. 一番好きな花は?
朴(ほお)。
#「ことえり」だと「ほお」で出てこないぞ!ぷんぷん

22. 一番好きな鳥は?
手乗りインコ。
見た目とかそういうのより、只々なつくとかわいいので。

23. 一番好きな散文作家は?
散文はあまり読まないので幅広くは知らないが、昔「WIRED」のテクニカルディレクターをしていた、深沢英次さんの文章は好き。

24. 一番好きな詩人は?
谷川俊太郎(ベタですいません)

25. 実生活であなたにとっての英雄は?
2個前の記事に取り上げた人。
思春期の思想形成に影響を受けたと思うのは、佐野元春と五味太郎(笑)

26. 好きな歴史上の女性は?
とりあえずキュリー夫人。
ひとすじ道を突き進みつつ、富や名誉に執着せず、美人なのに内実がど化学オタクというあたりに、妙な可愛げを感じるから。

27. いちばん好きな名前は?
うちの「ソファ用こたつ」のテーブル部分に埋め込まれたスイッチの名前『手も〜とコントローラー』

28. 特に憎むものは?
「お茶目」の反語として「不粋」。
外見が格好悪いとかそういうことではなく、例えば、防災訓練と称して日曜日の銀座通りを封鎖して装甲車を走らせたい、なんていう妄想、さらにそれを実現させて、満足してしまうこと。あるいは満足している故某男優の兄とか。

29. 一番軽蔑する歴史上の人物は?
「歴史上」で「一番」でしかも「軽蔑」となると迂闊には答えられないが、例えばQ28の人とか。

30. 一番立派だと思う軍事行為は?
武装解除。
目先の戦争の勝敗に関わらず、世界中で一斉にやると、さらに立派度アップ。

31. 一番立派だと思う改革は?
一番かどうかは分からないが、とりあえず韓国の民主化。
おかげでインディーカルチャーが随分面白くなりました。
個人的には、社会的、政治的な改革の恩恵をあまり受けてない気がするが、ここ数年で画期的だと思ったのは、日韓ともに「フォーク並び」の定着。

32. 手に入れたい自然の恵みは?
いい空気、おいしい水。ぱくぱく。
かわいい動物とのふれあい。

33. どのように死にたいか?
かなり現世に執着があるので、まずは長生きをしてから死にたい。
#と、昔カウンセリングの質問帳に書いたら「カウンセリングを必要とする人は、ふつうこういうことは書きません」とカウンセラーさんに言われたことがある(苦笑)。

34. 現在の精神状態は?
充分に寝ないと不機嫌。乳児かおのれは!

35. あなたのモットーは?
ビバ!ダラダラ(byリラックマ)


…長文おつきあいありがとうございました。

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2004.03.11

コメント嬉しいな&手紙の話

blogを始めてまだ数日なのに、どこの日記検索サイトに登録したわけでもないのに、早くもいくつかの素敵なコメントをいただいて、本当に嬉しいです。

ここしばらく、自分の塩漬けサイトとか「関心空間」(じつは空間持ってるんです)を通じたメッセージ交換から遠ざかっていました。
いや、何かまずいことがあったとかそういうの(笑)ではなく、ただの怠惰とか、飽きたとか、体調不良をきっかけに書くタイミングを失ったとか、そんな理由なんですが。
なので久々に、こうした新しい方々との出会いに妙にウキウキしてしまい、こんな時間まで人様のblogに「お初コメント」書きに行ったりなんかしてます。

ところで、blogとは別に今日、一枚の絵ハガキをいただきました。
韓国の民衆美術、つまり7〜80年代の韓国民主化運動とアートの有りようについての美術論、を語らせたら、お世辞でなく日本で一、ニを争う論客(まあ、論客の分母自体が異常に少ないジャンルではありますが^^;;)であり、かつ女性としても、とても尊敬できる先輩である方からのお手紙でした。
前から個人的に憧れていたのですが、最近、幸運にも熱く爆語りしあえる機会があり、ご本を送っていただいたお礼に、こちらも本や拙稿をお送りしていたのです。
私が今のところ、韓国に関して書いているテキストといえば、オルタナティブコミックとか、そんな「びみょ〜」な分野なので、正直、先方が「引いて」しまったらどうしようと、送りつけておきながら内心不安でした。

でも、その絵ハガキの絵が、私を妙に安心させてくれました。
アルファベットを使ってうそ漢字を作ってしまうという、超おちゃめな作品で有名な、中国の現代美術作家「徐 冰 (Xu Bing シュー・ビン)」の、「Thank You」のうそ漢字バージョン(爆)の絵だったからです。
たくさん笑って、嬉しくなって、改めて気持ちのつながりを感じてちょっとキュンと来てしまう(これはわしの錯覚か?)、素敵なお手紙でした。
そして、そんな今日の絵ハガキのようなコメントが、私もたくさん書けたらいいな、と思った、朝の6時前。ちゃんちゃん。

あ、よかったら「徐 冰 Xu Bing シュー・ビン」で検索かけてみてください。
「文字とコミュニケーション」というテーマを、とってもおちゃめな仕掛けで解き出してくれる、素敵なアーチストです。

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2004.03.07

はじめましてんこ。

えー、今まで@niftyのメンバーズホームページ(汗)を開いていて、
ここ5年くらいすっかり塩漬け(こら)にして来たんですが、
テーマに関する技術的な問題(この話はまたおいおいに…)やもろもろの理由で、
8月のMHP終了をもって、自主消滅させることにしました。

で、その代わりといっては何ですが、もっとユルい感じで、
アートや身辺、世間(といっても心は半分韓国に行ってますが…)にまつわる
日々の雑感を書く場所をつくりたいな、と思ってblog開いてみました。

記事は勿論、プロフィールのKW(こいつも全然脈絡ないんですが)の中ででも、
何かしらお心に掛かるものがありましたら、ぜひ突っ込み入れてやってください。
どうぞ宜しくお願いいたします。


もんもんい 拝

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