2004.11.13

米長邦雄、晴れ舞台でイタすぎる勇み足

秋の園遊会での、天皇と米長邦雄(*1)のやりとり、悪いけどウケちゃいましたわ(笑)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200410280332.html

個人的には、大昔に坂田三吉の伝記映画(え〜っと、あっ『王将』だ)をテレビで観た時の印象が強烈で、棋士といえばアナーキーな自由人、いい意味での?逸脱者というイメージがあり(*2)、 彼みたいな「御用系」も時には出現すんのねー、とは思ってましたけど...。
しかし、「あなた様のために心血注いでお尽くししております!」とここぞとばかりにアピールしたら、「やりすぎちゃうの?」とあっさりいなされた彼、ドン・キホーテもかくやのイタい大恥かいてしまいましたな。

でまた、その後の「関係者」のコメントも香ばしくて味わい深いねー。
なかでも自称「臣・石原慎太郎」の
「国旗・国歌制定法での 強制ではないという記述と、都の行政処分とは別モノ」
ていう主旨の弁明には大笑いでした。

おいらは法律には全然明るくないですが、本来、条例ってのは、国全体に効力がある「法律」がカバーしきれない地域固有の事情を補完するために、あるものでしょう。
国家全体にかかることを一地域の条例がコントロールしてもいい、とそこまで条例の自立性を強調して、地方分権運動の一環だ、というなら、強制すべきは東京都旗と都の歌、ってことになりません?

しかし「強制にならないようにね」とはいっても、いろいろ解釈はできるもので、環境をいろいろと操作すれば、催眠術的に「はい、よろこんで!」状態に持ってことも可能なわけで...(*3)。
もんのすごくうがって考えて、もしも天皇の発言が、そこを指してたら怖いよな(汗)。

そういえば、この前『サンデー毎日』に「園遊会ご発言で語られなかった真意」という記事が載っていたので思わず読んじゃいましたけど、内容はまあ、状況整理でしたわな。
ただひとつ気にかかったのは「天皇は、『君が代』を声に出して歌ったのは見たことないよね」という結びのくだり。
書き手の真意としては、「ひのきみ強制」への天皇の複雑な思いを強調したかったんだろうけど、冷静に考えれば、君が代って、天皇のことを「君」と歌っているわけでしょ?
歌われている対象が、自分で歌ったらそれこそ変じゃん(笑)。


余談ですが、よくよく考えれば、地方自治体が唱える「地域のアイデンティティ」って「国体の護持」のミニチュアモデルに過ぎないと思うのよね〜。
大体、私の 御用っぽい ワールドの原初体験は、高2で地元開催の「国体(体育大会の方ね)」に動員された時だもん。
いましきりに叫ばれている地方分権も、実はトップダウン的な地域団結の押し付けなのではないかと、怪しんでいる私は勘繰り過ぎなのか...!?


*1:昔、大阪梅田駅の一角にあった「米長邦雄今週の一手」のでっかい看板は、今もあるのだろうか...。

*2:寝ぐせが直らないとか(笑)、豊胸する人とか(笑笑)はまあシャレで済むとして、ストーキング電話まで行くと逸脱しすぎですわな(大汗)。

*3:例えば、生徒が改造しないように、細部まで小技を利かせてデザインした、とてもかわいい女子校の制服とかね。

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2004.07.01

キム・ソンイルさん告別式

ここ3日ほど、展覧会関連の打ち合わせやら入稿やら、それで疲れて終日爆睡するやら、連れ合いがCSで野球中継観ちゃうやら(...)で、韓国KBSのニュースを全然観ていなかった。
で、今朝、気がついた、キム・ソンイルさんの告別式が昨日行われていたと...。
あれだけのことを書いておきながら、告別式をちゃんと見届けていないとは、全く我ながら情けない。

今朝の「ウォッチ!」で言われていたのは、ご遺族の挨拶で
「私たちは、イラクを許します。そして、あなたがたを愛します」
ということばだ。
実は、うちも実兄が7年前に他界しているので(それで、5月末に甲府で7回忌をやってきたのだが)何となくわかるのだが、ご遺族が家族の一員の死を消化するというのは、自身の内的に消化するだけでも、かなりのエネルギーと時間と、代替される経験(楽しい経験とか)等々、を必要とするものだ。
それに加えて、今回のような場合、ご遺族は、その死を社会的な視点から捉えて、関わっていくことを求められてしまうわけで、このようなことばにたどり着くまでには、相当な葛藤があったことだろう。
#番組でも言われていたが、確かにクリスチャン的な消化のしかたかもしれないが。
ただ、多くの市民が彼の死に一緒に悲しんでいた、そういう共有感(って言い方ありなのかな)は、ご遺族にとって多少なりとも慰安になったことだろう。

全く悲しい事件ではあるが、これを負の遺産として、韓国人とイラク人の望ましい関係(派兵という関係の是非も含めて!)が、もういちど真摯に考え直されればと思う。
もちろん、韓国を日本に置き換えれば、全然他人事でないことは明白でしょう。

資料不足で、とてもベタな表現の文章になってしまって、自分でもちょっと嫌なのだが、区切りとして今日書いておかなければと思ったので、とりあえず...。

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2004.06.23

イラクでの韓国人人質殺害に思うこと

このニュースの日本第1報に触れたのは、昨夜3時前だった。
韓国番組を放送するCS「KNTV」では、夜9時のKBSニュースを、深夜1時半から再放送する。
で、それを観ていた私は「キム・ソンイル氏の生存を確認」という情報を聞き、テロ集団側のいう最終期限がまだ延長されているのだなと、少し安心した。
その放送の跡、「JNNニュースバード」にチャンネルを変えて観ていたら、下の字幕に「キム・ソンイル氏の遺体を確認」という文字が流れた...。
とるものとりあえず、左の通りサイドバーに書き加えたが、コメントは翌朝のKBSニュースを観てからにするのがいいと思い、今録画したそれを観ながら書いている。

このニュースについては、既に多くの方がコメントし、政府の対応について、また追加派兵の是非を論じておられるが、私はまだ、能力的にも感情的にも、そこまで整理が付いていない。
私ができるのは、私の今の感情、韓国の人たちがどう受け止めているかを推し量ってみることくらいだ。

kBSの報道によれば、キム・ソンイル氏は、神学校で宣教師の資格をとり、韓国外語大でアラブ語を専攻、途上国で奉仕活動をしながら布教をするのが夢だったそうだ。
家族や周囲の人のことばにも「自分を犠牲にして困っている人を助ける性格」「純粋で勉強熱心」という人物評がでてくる。
大学院進学の学費を稼ぐために、昨年6月貿易会社のスタッフとしてイラク入り、7月には父親の70歳のお祝いのために帰国する予定だった、とのこと。
#日本では「貿易会社の社員として駐在中」程度にしか報道されていないが、これじゃ全然彼の「心」が見えてこないじゃないか。もちろん、どんなに狡猾な人間であっても、テロの犠牲になることは等しく悲惨なことだが。

韓国のネット上は、このニュースに関する書き込みでいっぱいだ、とニュースでも紹介されている。
政府の責任を問う声、そして、イラクへの怨み、復讐を叫ぶ声...。
キム・ソンイル氏の実家の近くでは、「韓国とイラクは友人」と書かれたボード、イラクの国旗が飾られていたのだが、涙ながらにそれを剥がし、踏みつける人たち。
そして「殺戮の連鎖を止めなければ」とアピールする人たち。
キム・ソンイル氏が生存していた時点では、世論調査で、イラク追加派兵の反対意見は、約70%に上っていた。
しかし、もしかしたらだが、この事態の反動で、派兵賛成派が一気に増加するかもしれない。
イラクを巡る韓国の世論は、ますます混乱していくだろう。
そのことで韓国の人たちが対立し、争いあうのを、また見続けなければならないのだろうか。

朝9時半から、「大統領の談話」が発表された。
廬武鉉大統領が話した時間はほぼ2分。
「故人の冥福を祈る」「テロとは断固として戦う」「派兵はあくまでイラクの復興支援だ」要約すればそれだけだ。
いつからそんな、ブッシュや小泉みたいな賢しい物言いを覚えたんだい、情だけは誰にも負けず厚い人だと思ってたんのに...。
ブッシュもブッシュだよ、「野蛮な犯罪」って、人間を「野蛮」なんて平気で言える、その高飛車さが全ての原因なのにさ。

ここからはかなり内的なことだが、この前、スペインの列車テロの時、また、イタリア人の人質が殺されたとき、私はスペイン、イタリアの人たちが、どのように衝撃を受け、悲しみ、国内がどう混乱したのか、殆ど実感を持つことができなかった。
韓国が私にとって特に親しい国だから、現地のニュースを直に観る環境にあるからこそ、私はここまで動揺している。
一方、今日の日本のテレビに目を転じれば、このニュースも、だれそれの離婚だの、年金でどうのと、そんな話題のなかのひとつに過ぎない。
結局人は、自分が関心のある、思い入れのあるものにしか、反応できない存在なのだろうか。
#あるいは、ものすごくうがった見方だろうが、多国籍軍云々言ってるご時世、イラクでだれか殺されたなんていうニュースで、日本市民の同情を引いてはいけない、という「お約束」になっているのだろうか。

最後に、彼が人質に取られているときから感じていたが、こういう時、自分の「祈りのことば」を持っている人は幸せ(こういう時にあまりいい表現ではないが...)だなと思う。
韓国の「帰国祈願デモ」では、キリスト教や仏教など、宗教を越えて人々が集まり、祈りを捧げていた。
そしてこんな事態になれば、故人の冥福を祈ることばが、祈る本人にとっても、悲しみを消化させてくれる、心の支えになってくれるだろう。
私は一応浄土真宗の寺の家系だが、そこまで自然に、仏教での祈りの言葉は、でてこないから...。

そんなとき思い出されるのは、「うに」さんのくれた「絶望を拒もう」という言葉
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/05/post_9.html
だ。
私は今、ただ唇を噛みしめて「ぜつぼうをこばもう」とつぶやき続けることしかできない。
だけど、こうすることで、韓国の人たちとともに(いや、「ともに」なんて軽々しく言ってはいけないのだが、それでも)、この理不尽な事態を、じっと堪えていたい。

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2004.04.29

軽井沢から東京に帰ってきたあの方のこと

今日も、電車で中吊り広告をぐるりと見回せば、週刊誌の大見出しはどれも「雅子妃のご病状」関連のそれだった。
最近の報道によると「帰京された」とのことだが、理由が「GWで軽井沢界隈が騒がしくなるので」というのが泣かせる。

私は別に、その筋の追っかけでも、思想信条がその方向というわけでもない。
ただ、ここ半年くらいの関連情報を耳目にすると、まがりなりにも精神科通院者としては、どうにもやるせないものを感じてしまうのだ。

どうも雅子さんの「うつ」症状は、かなり前から徴候があったらしい。
ただ、確かに10年前くらいとなると、うつ症状への社会的な理解は、現在よりも断然遅れていたはずだ。
今でこそ、「うつ」と聞けば「心配だね、でも大丈夫だから、よく休んでね」という言葉がすんなり出てくるが、昔は即偏見の対象になっただろうから、ましてや特別な立場とあれば、余計に我慢してしまうのだろう。

個人的には正直、いわゆる王制の類いは、必要ないと思っている。
思想信条うんぬんとか、税金の用途云々というより、「血族」がイコール「社会的な立場」になってしまうこと、そういうシステムの弊害は、旧来の家父長制の弊害であった部分と、同じではないかと思えるからだ。
今まで数十年かけて、私の世代(私のトシは紀宮さんと同じですが)から上の先輩たちは、個人を不必要に縛る慣習や制度を変えて、個人の希望や可能性が叶えられる世の中を作ってきてくれた。
にも関わらず、仮にも日本の象徴としてある一族の内部に、雅子さんのような形で苦しむ人をつくってしまうシステムが未だに存在してるってことが、ただただ腑に落ちないのだ。

ただ、もちろん何が何でも王制NO!だとは思っていない。
それぞれの民族や地域にある文化を尊重するなら、王制も一種のフォークロアだと言える。
また現代では、それぞれの国や地域ごとの王族は、みな一定の社会的な役割を果たしているとは思う。
ただ、果たして日本で、皇室の持つ文化とは何なのか、その社会的な役割をどう規定するか、彼らのパーソナリティをどう守るのかが、きちんと話し合われたことがあったのだろうか。
もしも日本の市民がそこをよく考えて話し合って、その議論をもとに皇室の要不要、また必要だとなれば、それはどうあるべきなのか、みんなで決めることができるなら、私もその決定に賛同したいと思う。

それにしても、駅前や避暑地、御所そばで朝から場所とりしている、いわゆる熱烈な「雅子さんファン」「皇室ファン」と呼ばれる人たちは、この「一大事」に一体なぜ黙っているのだ?と思ってしまう。
本当に彼らの幸福を願って、また彼らの置かれた環境を憂うのなら、「『紀子さん男の子つくれ発言』の撤回と謝罪を求める意見書」や「十分な治療と完治までの休養を保証する請願書」運動を展開したっていいはずなのに。
「正田邸保存運動」だって、あそこまで出来たんだからさ…。

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