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2004.07.16

今週も、金剛山で南北離散家族再会

4月にも書いたが、これだけは忘れられたくないことなので、またも...。

日本では、曽我さん家族再会報道の影に隠れてしまったが、朝鮮半島ではもうひとつの再会があった。
今週2回に分かれて、北朝鮮の金剛山で、南北離散家族の再会事業が行われたのだ。
今回は、家族だと思われた二人が実は友人同士だった!?疑惑という、由々しき事件もあったが、それでも、再会の喜びと再度離別する悲しみは不変のものだ。

前に書いたとき
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/04/rku.html
に書き漏らしてしまったが、私が、この足らぬ頭でも常々憂慮し、また寂しく思うのは、最近、日本人の朝鮮半島観にみられる「ゆがみ」のことだ。

巷では、ヨン様ビョン様云々と大騒ぎ、韓国映画の日本公開も相次ぎ、今日は『ホテリアー』の小説版がベストセラーだというニュースまで聞き、いわゆる「韓流」で大騒ぎだ。
#余談だが、わし、K-POPもメインストリームよりフュージョンジャズだし、ドラマは日本のも殆ど見ないので、実は「流れ」には乗れてません...。
それまで一般的に、韓国といえば、古くは所謂キーセン観光(激汗)に免税品、数年前まではグルメに東大門衣料市場、つまり単に「コストパフォーマンス」面のみが、強調されてきた感がある。
それがこの韓流ブームで、コンテンツの「質」、そして、そのクリエイティブ力を支える「人」の方に、関心が寄せられれるようになった。
それ自体は、「乗れてない」私個人も、とても嬉しいし喜ばしいことだ。
「何かに取り組む人」に関心が向くということは、「人」への敬意、そしてその「社会」への理解を、育てる元になると思うからだ。
韓国の人、そして社会が広く理解されることで、日韓の人たちがより対等に、素直にコミュニケーションできるようになることを、願いたい。

しかし一方、その韓国と対をなす、北朝鮮に対して、日本の視線はどうだろうか。
ひどい国、悪い国、不幸な国、洗脳されてるっぽい国etc.、...どうにも、「敬意」「理解」「対等」という類の言葉とは遠いようだ。
もちろん、北朝鮮の秘密主義、軍国主義、民衆の惨状は事実であるだろう。
その一方では、拉致問題の流れで、経済制裁を求める声が強く、核問題から、率直に北朝鮮を恐れている人も多いはずだ。
でも、果たしてそれ「だけ」でいいのだろうか、北朝鮮への視線は。
今沢山の人が大好きな「韓国」と、分断されてできた国だという歴史に、(当局あるいはマスコミも、多分めんどいので、)意図的に目をそむけていないだろうか。
例えば、韓国映画には、『JSA』『シュリ』らのように、直接南北問題を取り上げた作品、また『猟奇的な彼女』のように、コメディーでも、主人公が兵役明けという設定が暗に登場するものもある。
それらは、確かに南北が抱える問題の一端、また「韓国」人の対北観を反映しており、日本人もそれらに共感することはしている。
だけど私が言いたいのは、そこからもう一歩踏み込んで、今の日本にある、「韓国」への視線と「北朝鮮」への視線、その二つのあいだにある、結構深刻な矛盾のこと、またこうした意識の乖離は、何故起きるのかを、考えてみる必要がある、ということだ。

それは、朝鮮半島とさまざまな形で歴史的に関わってきて、現在それがある意味かなり緊密になりつつある状況の中で、私たち(個人の文章で「一人称複数」を使うのは抵抗があるんですが、今回敢えて...)一人一人の心の中にある「ゆがみ」を、もういちど見つめ直す作業をしてみてください、という、私の勝手な(汗)願いでもある。
南北離散家族について、日本でも広い関心がもたれることが、その一助になれば、と思うこのごろである。

我ながらとりとめない文章にて失礼...。

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