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2004.07.16

アートマネジメントと球界再編問題をむりやり?くっつけて考えてみる

当blog左にも書いたように、近鉄の吸収合併と、それに伴う1リーグ制移行云々の問題は、いち野球ファンとして、また小市民としても、寂しくまた何とかしたいと思う状況だ。

「野球ファンとして」はともかく、「小市民としても」と言うその心は、周知の通り、民草の小さな声が完全無視されたまま、ごく一部の権力者がなし崩し的に重大事を決めてしまう暴挙、それが、国会や政府やそんな場所ばかりだけでなく、スポーツの現場でまでも行われ得る現実を、眼前に突きつけられたことへの、悔しさと無力感である。

合併/リーグ編成についての論調はいろいろあるが、多くに共通しているのは、「プロ野球は大衆『文化』だ」「『文化』を企業の論理だけで語るのはおかしい」という点だ。
インチキながらも文化学徒の私としては、一旦『文化』ということばを聞いてしまった限り、この問題を、いわゆる「文化支援」の問題と絡めて考えぬ訳にはいくまい(笑)。
そうすると、企業による芸術支援の諸問題も、構造的には、プロ野球興行と多くの共通点が見られるのに気づく。
ちょっと話が行ったり来たりするかもしれないが、おつきあいいただきたい。

たとえば、既に死語登録も済んでいそうな(...)「企業メセナ」ということばだが、私が芸術支援を初めて志した、1990年頃には大ブレイクしていた。
この時期に多くの企業美術館、企業ギャラリーなどが出来たが、90年代後半の不景気のなか、揃って大撤退。
(関東でいうと「デパート美術館」の運命を見れば明らかでしょう)
今野球界で論議されてる「縮小均衡」な状況になってきた。
決して「東京都現代美術館」や「ジブリ美術館」のようなハコが出来たから、客をそっちに取られて立ちゆかないとか、そういう過当競争ではなく、おそらく純粋に縮小しているのだ。

美術館が閉鎖されれば、市民はそのコレクションや企画性に触れる機会を失い、学芸員他のスタッフは、その職を離れざるを得ない。
ナベツネ(今更伏字せんぞ)が「たかが選手」と発言したが、美術に置き換えりゃ、企業のトップが「たかが美術作品」「たかがコレクション」「たかが美術研究者」と言っているのと同じことではないか。
もちろん、美術館の閉鎖自体、結果的に、こうした考えがどこかにあったことを裏付けている。

大阪ドームを始めとした「球場使用料」の問題にも、似たものを感じる。
例えば昨年「東京都現代美術館」でジブリ展が開かれたが、このように、自主企画展でなく、持ち込みの企画と共催するような形をとる展覧会(春の「ディック・ブルーナ展」もこの系統かと...)が結構多い。
館の負担を少なくしつつ、大きな収益が見込めるこうした展覧会を呼ぶことは、球場で展示会やコンサートを開催して、球場自体の収支を良する営業努力に通じると思うのだが。

野球は確かに「国技」と言われ、数十数百億の金が動く世界なので、これだけ社会的に大きく取り上げられ、国民的議論にまで高まっている。
しかし、その影で規模こそ違えど、同じように企業から見放され、縮小していく『文化』の業界がある。

では、美術文化はもうおしまいなのか?アーティストは行き場がないのか?と言われれば、やり方は、ある。
企業や自治体の支援を十分に受けてでなくても、でっかいハコがなくっても、いわゆるオルタナティブな、インディペンデントな形で、地域に根ざした活動を行うことで、新たな美術活動や、美術館(最近は、コレクションよりも活動を重視した「アートセンター」的な機関も多いが)のあり方を模索しているのが、さいきんの美術界の傾向だ。
マスな形のアートイベントでなくても、小さなイベントでも、やり方次第で、確実に参加者の心に残るものを作れるはずだ。

同じように、今、プロ野球なり、野球界全体に必要なのは、そういうオルタナティブな発想ではないだろうか。
先に書いたように、そりゃ事業規模やらかかる経費やらが全然違うから、強引に比べることはできない。
ただ、親会社にとっての球団とは、企業における美術館と同じく、単なる事業部ではなく、社会的機関なのだ。
球団経営に、文化支援活動の「ファンドレイジング」のような、幅広い資金集めの方法を画策したり、選手やファンの意見やアイディアをもっと取り入れてみたり、球団に関わる誰もが、「自分も球団の一員である」という意識で、球団という『文化機関』を維持発展させるために身を切る覚悟がなくてはならないだろう。
ドーム球場じゃなくてもいいじゃない、藤井寺でも、浦和球場でも、どこであろうと楽しく魅力的な「おらが球団」の野球をやったり観たりすること、それが全ての基本ではないかと思う。


...本筋とは関係ないが、もうひとつ。
ナベツネが「1年協議しろだ?100年協議しても決まらんよ」と言ったが、これが「みんなの意見を聞いていたら絶対に決まらない」という意味で言ってるのであれば、個人的には大問題だ。
これは私が常々言う持論だが「一枚岩ほど危険なものはない、バラバラでまとまらないことが、大切な時だってある」と思っている。
ましてや、ものごとを話し合って決めるときに「決まらないことが恐いので、話し合いできません」なんて、こうして字面にしてみれば、とんでも大矛盾ではないか。
だいたい、冒頭でも書いたとおり、「決まらないと困るので話し合わずに決めてしまおう」といって決めたことに、ろくなことはない!!(笑)
本当に野球のことを真剣に考えているなら、精魂尽き果ててぶっ倒れるまで、話し合ってみるのが、筋ってものじゃないのか。
そんな覚悟のあるファンや選手は、沢山いるのに、肝心な人たちが、その気にならないんだから困る。

さらに余談。
美術館で大きな巡回企画展をするときの協賛って、大抵「新聞社」が付いてるんだな(苦笑)。
それは、前に書いた『ちいさな箱 鎌倉近代美術館の50年 1951-2001』
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/05/_50_19512001_.html
に、60年代、大規模な展覧会をするために編み出された手段だった、という話が載っているので、まあ少なからず社会文化の役にもたっているわけですが、某新聞社もね。

もいっこおまけ。
よく見れば、全然具体的な提案がない文章なので、ひとつ具体的なことを。
オーナー陣が企業の論理で球団を圧迫するなら、逆に「球団が減ると困る企業」の方から、声を挙げてみてはどうだろうか。
例えば、野球用品メーカー。
業界が縮小均衡になれば、当然その影響をもろに受ける。
プロ選手が減ってしまえば、オーダーも減るし、技術の蓄積もできない。
アマチュアや学生層まで縮小すれば、将来の需要も減る一方。
同じ企業同士という立場で、なんとか球団親会社の動きに歯止めをかけるなり、選手会をバックアップするなりしてほしいものだ。
以上、デザイン業界が不景気だと商売あがったりな、もと画材屋勤めからの率直な意見でした。おそまつ。

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