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2004.07.07

「タウトが見たもうひとつのニッポン」展と関連講演

かな〜〜〜り前の話で恐縮だが、去る6月11日、早稲田大学中央図書館で開催されていた「岩波書店所蔵ブルーノ・タウト資料より『タウトが見たもうひとつのニッポン』」展 を観に行った。
http://www.wul.waseda.ac.jp/TENJI/taut/

正直、私自身はこれまで、タウトに特別な関心があったわけではない。
タウトに関する本格的な文章を初めて読んだのは、通信のテキストでだった。
私が所属するコースの主任教授が、タウトの研究をライフワークのひとつにしている方で、教科書のなかにタウト研究の小論文を載せていたのだ。
(これで、分かる方にはどなたかバレバレですな・苦笑)
で、その先生か展示のキュレーションをなさっているということで情報をいただき、観に行ったわけだ。

会場の早稲田大学中央図書館は、都電の早稲田駅からすぐのところにあった。
ずいぶん新しい建物だぞなもし〜、と思って館内に入る。
どうでもいいことだが、早稲田のキャンパスに入るのは、17年ぶり2度目(笑)、ちょっと自分がモグリな気分(謎)。

展示室自体は意外に小さかった(すんません)が、貴重な資料が多くて、中身の濃い展示だった。
岩波書店に保管されていたタウトの日記や写真類が、タウトに縁の深い群馬県の、創造学園大学で「ブルーノ・タウト記念館」として展示されるとのこと、
http://www.tacc.ac.jp/souzou/taut.htm
その前の整理として、以前にまとめられた目録と、現在ある資料との照合、また各資料の分析が行われ、今回の展示もその成果の一部だという。
会場は、お年の方から早稲田の現役学生さんらしい方まで、常時4〜5人が入れ替わり来場していた。
女の子二人が、ベス単を見て「かわいい!」、タウトが撮ったハチ公の写真を見て「あっハチ公だ!」と感激していたのにプチウケした。

主な展示物は、タウト来日〜離日までの記録と、直筆ノート、スケッチ類、写真(ベス単でスナップ的に撮ったものが、ものすごい数残っており、それらの整理と分析が今後も大きな課題らしい)だったが、それらが、彼独自の視点を端的に見せてくれていた。
彼の覚えた日本語で、よく使っていたのが「いかもの」(笑)
日本で見聞した何が「いかもの」で、何がそうでないのか、タウトの日本観、また関心の傾向が、今見直すとなかなかに面白い。
#料亭の内装はまだしも、羽子板までが「いかもの」と言われてしまっていたのが、わし的にはツボ(爆)。
それらを、スケッチを交えて絵日記風につづっているので、展示されている文章の日本語訳と、スケッチを照らし合わせてみると、とてもよくわかる。

また、展示の中で興味深かったのは、会場で配られていた資料目録中のテキストでも触れられていたが、『ニッポン』が、戦時中にも関わらず(昭和18年まで!)何回も改訂され重版されていることだ。
ご存じの方も多いと思うが、『ニッポン』や『日本美の再発見』に見られるタウトの日本文化論が、当時(昭和10年代、ってやつですね)の日本社会において、「特定の政治的意図」をもって語られていたことを考えると、あの紙不足な時期に出版され続けた事情も、察せられよう。

他にも、タウト自身の資料ではないが、立原道造がタウトの講演を聴講したときの「タウトノート」が、個人的にはとても目を引いた。
開国から60年くらい(講演は1934年)の日本社会で、読まれる「本」の形態が西洋化したのは周知のとおりだが、同時に「紙にものを記録するときの<書き方>」まで、ここまで西洋化、というか、モダンになるものなのかな、と、妙な感心をしてしまった。


翌日12日の土曜は、「早稲田大学美術史学会」というところで、先生が今回の展示に関して、発表をされることになっていた。
私も「場違いくん」(汗)は承知の上で、聴講に行ってみることにする。
会場は、文学部のキャンパス。展示のある図書館とは、ちょうど正反対なので(苦笑)、東西線の早稲田駅から行く方が早い。
#それにしても、私の前の?母校もそうだが、最近の大学はどんどん建物が高層化して、きれいになっていくなあ、もっと驚いたのは、その新しい建物を、学生がまたきれいに使っていること!サークルのポスターやビラも、ちゃんと決められた場所に貼ってるし。
一見、秩序をよく守ってやってるように見えるのだが、これってもしかして、単にビラを貼りにくい環境を作って、環境によって無意識のうちに統治されてる、てことだろうよ?なんて邪推(いや、自分的には確信大ありだけど)をしてしまうのだが。

話が大きくそれてしまったが、まあそうこうしつつ、その前の発表が終わるのを待っていた。
この学会発表では、それぞれの発表に相関性があるわけではないのだ。
前日には、3時半くらいから先生の発表が始まると聞いていたのだが、結局大きく押して4時の開始になった。
会場は、いかにも研究者然とした方から、先生が早稲田で持っている授業の生徒、武蔵美の方も来ていたようだ。あまり大きい教室ではなかったが、聴衆は7、80人はいただろうか。

この発表は、『ニッポン』に、本来タウトが掲載しようとしていた写真の候補を、本人の意図(と思われる)とおりに並べ直してみる試みだった。
MacOS Xの「iPhoto」と「Acrobat」を使って、その写真をプレゼンしていくのだが、研究室が「Mac博物館」と化している先生(もう隠し通せないっす、S先生っ!)。
さすがにOS Xも導入し、しかもこの「iPhoto」ってのは随分便利そうだなと、本筋と関係ないところでひそかに感心してる私(汗)。
本の本文と図版(写真)の関係によって、本の表現する内容が変化してしまうこと、またその中にいろいろな「編集性」が絡んでくるのだと、端的に感じさせてくれる発表だった。
また、『ニッポン』の昭和16年版の日本語訳が、『日本美の再発見』から影響を受けて改訳されていたのではないか、という推論は、展示の項でも書いた「タウトの日本観を政治的に見る」視点からも興味深かった。


最近、このblogでも、モダニズムがプチブームになっていて、何度か書いてもいるが、これをきっかけに、新たな視点として、戦前の円本や全集のブームのなかで、原本の図版がどのように扱われてきたのかなど、またまた関心が湧いてきた。
また、展示の方では、高崎などで工芸指導をしていた彼が、当時の日本の工芸、また民芸運動などをどのように見ていたのか興味深い。
#なので、展示テーマの本筋でないと思いつつも、タウトが日本で作った工芸品も展示されていると、さらに良かったのになあ、と思う私...。
折角の機会なので、これからもネットや本などで、タウトを調べていくことにしよう。
それにしても、モダニズムといっても、長い日本史の中で、まだ7〜80年前のことなのに、忘れ去られたこと、依然不明なことがこれほどに多いとは...。
モダニズム、奥が深いぜ。

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