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2004.07.31

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:7月第4週

●7月24日(土)谷沢さん、頼むからもちっと大きい声で、あるいはマイク近づけて話してくらはい。

オープニングトーク。
今日は、ちょっと髪を切ってすっきりめの信也。
これまた加藤博一に続いて、『○○○』説に一石を投じるおつもりか!?
信也は昨日、西武ドームで近鉄のスタッフと、今日は東京ドームで、オリックスの監督(伊原!?)や選手と、合併問題について話し合ったとのこと。
今日の当番は谷沢健一と加藤博一。
合併問題についてズバリ、どうなると思う?と信也に聞かれ、谷沢ぽそっと
「拡張っ」。
信也すかさず、
「んも〜。はぐらかさないでよ〜。うっしっし〜」
と鋭い(...)ツッコミ。
しかし、谷沢負けずに、
「いや、チームを増やした方がいいですっ」
信也まだまだ突っ込み、
「それは願望でしょ〜、うっしっし」
それでも谷沢は負けじと
「フランチャイズをあちこちに作るのが、将来の発展には一番いいんですよっ」
と意地?になる。
しかし声がちっさいよ谷沢さん...、これ書くのに3回もビデオで聞き直しちゃったよ...。

解説のあと、近鉄オリックス合併問題の議論に入る。
ユニフォームを着ていないスタッフの将来が心配、と話を切り出す信也。
谷沢、やっぱり球界全体が「あのオーナー」のいいなりになっているんだ、とさりげなく。
合併問題を(個人的に)気にせずプレーできる選手は、現状では、岩隈、中村ノリ、谷、村松くらいだろう、とまで言い出す信也...。
信也続いて、パリーグの会長は何を考えているんだ、自分の事務所がなくなるようなことを、何故決めてしまうんだ、と、けっこう怒り口調。
そして谷沢と加藤、球団経営の決算報告も公開すべき、と口をそろえる。
さらに、もうひとつの合併問題はどうなるのか?そして1リーグという将来が、すでに既定路線っぽいのが怖いという加藤。
しかし、話自体は結論なく、言いっぱなしで終わってしまいちともの足りじ。

「ネット裏のひとり言」今日の当番谷沢、ボールについてのおはなし。
ダイエーのキャンプに行ったとき、打撃練習でみんなよく飛ばしているので、聞いてみると、キャンプ用に飛ぶボールを使って、バッターに気持ちよく打ってもらいたいとのこと。
ところでボールの検査、やり方にもちゃんと基準があるのだが、なかなか一個一個検査はできないのだろう。
昔、高校生の頃(いつだ...)ボール生産の現場を見学したことがあるが(なんでだ...)、手で生ゴムのようなものを巻き、卵の黄身ぐらいの大きさになったら、その上に毛糸のような紐を巻いていってボールができる。
最近は機械生産で、ゴムの芯の巻き具合を調整できるので、飛ぶ飛ばないの加減も調整可能。
そこで、日本でも、オリンピックなどに備えて、国際基準に合わせたボールを使っていくことが必要、というお話。

そこで、中日の「名古屋ドームで飛ばないボール作戦」が話題になり、
「あれも規格内でやってるんだから、ルール違反みたいな言い方しなくてもいいのにね〜」
と、うなづき合う3人。
なかよく意見がまとまったところで、今日はおしまい。

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●7月25日(日)えっ、達川って甲子園優勝経験あるの!?と驚き(失礼!)な週末...

オープニングトーク。
日曜日の試合は何故か荒れる気がする、ピッチャーを使い果たしてしまうからだろうか、また、ピッチャーも暑くて疲れるからだろうか、と信也。
今日の解説は平松と達川。
信也、平松に、ピッチャーが一番疲れるのはいつ頃か?と質問したあと、達川にも
「疲れて球威の落ちたピッチャーは、どうやってリードするの?」
と質問。
ところが達川、急にうろたえて
「信也さん、そう来ましたか...。別の質問が来ると予想して、他の答え考えてましたよっ」(一同爆笑)

セリーグの試合、中日vs広島戦の解説中、急に石井アナの声が消えてしまい、30秒ほどすごい雑音が...!
大丈夫かよ!?番組のエンジニア...。

「この試合は、3時間37分かかりましたっ」(中日vs広島)
「次は、4時間11分のゲームです」(横浜vs巨人)
「これは、横浜スタジアムよりさらに長い、4時間17分のすごいゲームでした」(阪神vsヤクルト)
長いのの善し悪しというより、おつかれというか、番組のビデオ編集さん大変!て言いたかったんかな。

今日の「ネット裏のひとり言」、当番は達川。
高校野球がプロ野球の原点ではないか、という話。
今日、広島大会の決勝があったが、如水館の監督は私のときの監督、その弟が広島商業の監督で、兄弟対決になった。
自分も、春のセンバツで自分のエラーが原因で準優勝になってしまったことが、心に残っているが、その夏の甲子園では優勝できてよかった。
そのころの経験から、日本シリーズの決勝戦でエラーをしても、達川くらい真面目ならしょうがない、と思われるようにプロでもがんばりたい、と思ってやってきた。
でも、そうはうまくいかなかったな〜、という達川チックなオチ。
と、おもむろに信也
「達川さんは夏の甲子園で優勝したんですよね〜、私も夏で優勝したんですよ(自慢!)、プロに来ている人で、夏の優勝経験がある人って、少ないんですよね(さらに自慢!)、平松さんとこは、春でしたっけ?(いやみかい!)」
平松答えて、
「春は優勝できたけど、夏は1回戦負けでしたよっ、夏に優勝したかったな〜(しょんぼり)。僕のところは、今年は、今日倉敷商業に負けちゃいました、もう僕の夏は終わりです。(くすん)」

...平松的には、もう秋らしい。では今週はこのへんで。

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2004.07.25

『カラー版 世界版画史』青木茂監修(共同執筆)

タイトル:『カラー版 世界版画史』
著者:青木茂監修
(青木茂、内田啓一、河野実、小勝禮子、佐川美智子、杉野秀樹、高木幸枝、滝沢恭司執筆)
出版社:美術出版社
定価:2500円
初版:2001年6月
ISBN:4-568-40060-0

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もともと、この本は以前に一度、ざーっと読んでいたのだが、思うところあって、もう一度手に取ることにした。
#とか言いながら、このテキストの最初の「下書き保存日」は、5月10日...、2ヶ月以上ほっといてどうする(汗)。
ここ1年くらい、版画、特に木版画についてずっと考えていたことがあり、それが現在ある文献類のなかで、どの程度論じられているものなのか、確認してみたかったのだ。
それは「ある時代または社会状況においての、木版画の存在意味」と「現代社会における、メディアとしての木版画の妥当性」というものだ。
いきなり、ちょっとトンデモっぽい命題で、すいませんね〜、ほんとに(苦笑)。

でも、実際に図書館で、版画に関する本を探してみるとどうだろうか。
当然というか、版画の技法本、作品集、作家評伝の書籍は、どこでもそこそこに揃っている。
しかし、版画史は美術史と同時に、印刷史ともリンクしている。
そうすると、印刷の社会的な役割や意味と同様に、木版画のそれも、時代や社会によって変化したという論じかただって可能なわけだ。
だが、こうした面から版画の歴史を論じた文献は、実は意外に少ないのだ。
そこで、この『世界版画史』であれば、時代の流れ、社会の変化と版画との関連性が、幅広い地域、時代を通じた大極的な視点から、ある程度は書かれているかな、という期待を抱きつつ、再読を思い立ったのだ。

前にもちらと書いたが、私の以前からの大きな関心事として、80年代の韓国民衆美術、特に民衆版画運動の経緯と成果を再検証してみたい、ということがある。
韓国において「民衆美術」と呼ばれるジャンルは、上記の通り、80年代の民主化運動の中で、労働者階級への効果的な情宣活動、および文化における社会階級の打破を掲げて展開された運動だ。
壁画、大型の掛け絵、絵画作品などとともに、重要な表現技法として扱われたのが「木版画」だった。
なぜ民主化運動家らが木版画を選んだのか?
それは、朝鮮半島の伝統美術として木版を再照明するとともに、木と刀と紙という、ごく日常的な道具、加えてインク(それは市民運動の現場のガリ版の部屋にあったはずだ)さえあれば、低所得の労働者にも可能な表現手段だったからだ。
基礎教育さえまともに受けられない下層労働者(80年代前半の韓国には実際にいた)に、自分達の日常や労働の苦しみ、社会へのメッセージを進んで表現させ、それを通じて労働運動に参与させるには、文章よりも絵、それも手軽でシンプルかつ、大量複製の可能な木版画が適当だとされたのだ。
大量複製が可能ということは則ち、これまで声を持っていなかった労働者自身に、木版画という「メディア」を持たせることでもある…
彼らの版画運動(=木版画)は、魯迅の「木刻運動」を大きな思想的ベースとしている。
木刻運動をご存じの方なら、上のロジック自体が、木刻運動の影響を受けていることがお分かりいただけるだろう。
実際に木刻運動では、ケーテ・コルヴィッツらヨーロッパ、ロシアの作家と作品交換をおこない、版画集として本にまとめられた。
思想・運動メディアとしての木版画、という魯迅の目標は、これらの活動によりある程度具現化されていた。
(蛇足だが、彼らの壁画運動は、メキシコ革命後のそれや、60〜70年代アメリカの市民によるそれの影響によるものである)
私が「現代社会における、メディアとしての木版画の妥当性はどうなん?」なんてことを口走るのにも、近現代のこうした版画運動にコミットしてしまったからなのだ(汗)。

いきなり話がワープ状態で恐縮だが、5月にかろうじて残しておいた読書メモ(たいそうなモノじゃないっすよ、付箋に走り書きしただけっす)を整理してみる。
当初の目的通り「(木)版画と周辺の社会環境」というコードでピックアップした。

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■第1章:版の原理と起源+中国の版画
●P18〜19
1931年、魯迅、暑期木刻講習班開催。
ソビエトの挿絵版画、カール・メッフェルト、ケーテ・コルヴィッツらからの影響。
日本から、永瀬義郎『版画を作る人へ』、料治熊太『白と黒』、神戸版画の家『HANGA』らからも影響。
革命プロパガンダ的複製木版画を試みる。
●P20
朝鮮時代、民画の発達のなかで、版画による民画表現は、肉筆画に押されて少ない。

■第3章:日本の近代—明治前半+版画運動の時代
●P38
明治期の版画...
30年前後まで、「版の絵」と称される。商業用途。木版、銅版、石版、木口木版などが使われる。
30年以降、印刷技術の発達と機械化により、商業利用よりも「作家の版へのこだわり」に重きが置かれるようになる。
●P42〜45
木口木版の利用...出版活動、新聞などの挿絵に盛んに用いられる。

■第8章:19世紀—石版画の登場+挿絵と風刺(西洋の版画)
●P142
1840〜1880年代、木口木版による挿絵印刷が盛んになる。
1880年代以降、写真印刷の発達とともに衰退。

■第9章:現代—“巨匠”の時代+工房の発展
●P136
写真製版の実用化>印刷メディアとしての版画の衰退>美術作品としての版画「版表現」に重きが置かれる。
●P139
多色刷りポスターの人気>ゴーギャン、ムンクらが版画を制作。
●P153〜156
20世紀初頭、ドイツで版画独自の表現を追求する動き
1905年「ブリュッケ」、キルヒナーらによる木版表現の復興(プリミティブアートへの関心の高まり)
運動はミュンヘンに移動、詩画集の出版が盛ん。
●P156
ドイツ、ワイマール政権下...表現主義、バウハウスによる版画制作。

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ざっと以上の記述がみつかったが、通史としてはよく扱ってくれたという感じだが、細かいところではやはり物足りない。
例えば、ロシア・アヴァンギャルド以降の、ソ連の版画(出版)表現、またプロレタリア版画運動の広がり、小野忠重の版画研究など、もっと知りたいことはあるんだが...。
まあ表現主義とかプロレタリア関係は、そっちの専門書を読むとか、時代やイズムの区切りでピックアップしていかないと難しそうだわ、私のトンデモテーマは(とほ)。

書評というより、個人メモに終始してしまい、重ねてすみません。
まあ、こういう脳味噌の運動をしてる奴もいるのね、というスタンスで感じていただければ、それでいいです(笑)。

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『書店の近代 本が輝いていた時代』小田光雄著

タイトル:『書店の近代 本が輝いていた時代』
著者:小田光雄
出版社:平凡社
定価:740円
初版:2003年5月
ISBN:4-582-85184-3

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タイトルまんま(こら)、江戸後期から第二次大戦前に至るまでの「書店」について、その商法や社会的、文化的役割、また流通機構の変化などを、書店の社史や、作家のエッセイなどを通じて考察している本だ。

前に感想を書いた『モダン都市の読書空間』
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/06/post_2.html
が大正〜昭和10年くらいまでを対象としているのに対し、こちらは特に、明治期の出版模様、書店模様が充実しているので、その部分をとりあえず補おうかと思い、手に取ってみた。

この本で興味深いのは、近代の書店のありようが、証言的な資料を引きながら、いきいきと語られているところだ。
江戸時代〜明治初期の書店は、これも前に書いた『絵とき 百貨店「文化誌」』
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/04/_.html
に出てくる江戸〜明治の呉服店のような、いわゆる座売り形式で、店頭で注文された本を、店員が奥の在庫に取りに行く、という売り方だったらしい。
よく考えれば、至極当然のことなのだろうが、改めて「あっそうか、そりゃそうだよな、本屋といえば何でも陳列立ち読み、と考えるのは、近代以降なのか」と気づかされた。
他にも、明治期に専門書を取り扱った書店たちの活躍や、丸善など老舗の書店が、どのように洋書店として輸入販売を行っていたのかなどが描かれており、とても面白い。
特に、義務教育制度による教科書出版の需要が、大規模な図書の流通ルートを全国的に広げ、競争が加熱するあまり、歴史年表でおなじみの?「教科書疑獄」につながった、というくだりは、思わず膝を打った。
他にも、プロレタリア専門図書の行商販売(!)や、エログロ洋書の翻訳出版秘話、ダダ&アナキズム専門書店の話など、出版史のメインストリームから外れた、こぼれ話も載せている。

しかし、各項目は大体10P以内でまとまっているだが、それを読みやすいと思うか、物足りないと思うか、意見が分かれそうだ。
個人的には、何かの連載ものとして書かれた文章の集まりであれば、それで合点も行くが、書き下ろしとして見てしまうと、突っ込み不足の感は否めない。
前提は全部出てきた、さあそれで?というところで、あっけなく文章が終わってしまうのだ。
考察の裏付けになっている資料が、文学関係者のエッセイや、回想記的な文章が多いことも、突っ込みの甘さを感じさせてしまい、極端なことを言えば、良くも悪くも引用文を積み上げ再構成している、という印象が強い。
文学ファンにとっての裏話的読み物としては、そういう構成が面白いのかもしれないが...。
近代日本における書店が、本と人、人と人との出会いの場であった、という作者のまとめも、気持ちは分かるのだが、その方向に文章を意図的に向けようとしてる感じも無きにしもあらず、というところが、少し鼻についた。

どうしても『モダン都市の読書空間』と比較してしまうのだが、こちらは参考資料も統計資料が多く、理論の展開は研究論文形式に近い。
研究誌などに発表されたものを、再構成した文章だからかもしれない。
著者の推察が、数値的にビシバシと裏付けられていく過程の面白さに、読みながらぐいぐいと引きつけられた。
あと、本書で、特価本市場や「日本出版配給株式会社」までを話題にするのであれば、『モダン都市...』で取り上げられた「回読会」も、流通機構の一環として、触れて欲しかったなと思う。
著者としては、雑誌よりも図書に重きを置いて書きたかった、その意図も分かるのだが...。

さっき「文学ファンにとっての...」という言い方をしたのだが、実は私、人生の大半を本好きとして過ごしているのに、明治〜昭和前半の近代日本文学は、教科書もの以外、殆ど読んでいないのだった(激汗)。
だから、この本に近代文学ファンにとってのツボがちりばめられていても、その有り難みが、いまいち分かってないのかもしれない。
逆に、物語ものより論文ルポものの方が好きだから、『モダン都市の読書空間』の方が、「ツボ」にはまるのだな、きっと(笑)。

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2004.07.24

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:7月第3週

●7月17日(土)今日のホームランは、萩島正己アナのおとぼけ!?

オープニングトーク。
信也、今日は野球選手柄(?)のタイで登場、しかし、結び方が微妙におやぢくさい。
合併問題で落ち着かない、もし自分が、近鉄・オリックスの1軍半くらいの選手だったら、気が気じゃないなという話。
今日の解説は平松とデーブ、デーブ曰く
「自分も1軍半だったから、よくわかります」
信也:「どうして聞く耳もたないんでしょうねぇ...」
どうして固有名詞が言えんのだ!信也。

今日の試合解説、ヤマ場はデーブと荻島正己アナの、巨人vsヤクルト戦。
デーブの勝手流な解説を、
「へぇ」「はぁ」「ほぅ」「そんなこと僕に言われても困ります」「失礼しましたっ」
落ち着いた偽装(?)ボケで、華麗にかわす荻島アナ、これはニューキャラ発掘か?(...)

今日は情報多めでさくさく進み、平松の「ネット裏のひとり言」。
1リーグ制問題など、各球団がもっと主体性を持って、話し合ってほしいという話。
平松的には、2リーグ12球団、交流試合実施が理想。
デーブ曰く、ファンがもっと球場に行ってほしい。
信也、ファンの声を無視しては絶対にいけない、近鉄合併見直しを進めて欲しい。
平松(あの人の)が頑なにならないように話し合わないといけない。
そして3人、声を合わせて「コミッショナーは何してるの?」
最後はそして時間切れ...
いまいち盛り上がりに欠けた、土曜日であった。

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●7月18日(日)高木豊、いぢわる小姑に挟まれ戦線恐々の巻。

オープニングトーク。
信也、また妙なボール柄のタイで登場。
巨人の堀内監督に「巨人の投手に、あなたのように、チェンジアップを巧く投げられるように教えてないの?」と質問したところ(お約束のお節介)、「あれは手が柔らかくないと云々」といわれたという話。
今日の解説は高木豊と斉藤雅樹、高木豊、これもお約束通りというか、心なし戦々恐々な表情。

セリーグ試合解説の後、信也おもむろに「セ打撃ランキング」という資料を取り出し、
「このベスト10に、13位まで、オリンピック代表選手が入ってないんですよ、高木さん、メンバー変えたら?」(爆)
お約束の困り顔、大爆裂の高木。
「.....いや、まだこれからです.....」

パリーグ解説の後、信也、オリックスが点差の開いた試合で、投手に敬遠を指示した件について、
「去年、カブレラのホームラン記録がかかっていた試合で、オリックスファンもカブレラの打席を見たがっていたのに、同じくオリックスの投手が敬遠して、スタンドはもう大喜び...」(こらこら、ギャグ言ってどうする!)「...じゃなくて大ブーイングだったことがありましたね」(焦るやんけ)
で、信也おもむろに
「ピッチャーはこういうとき、みんな勝負したいものでしょ?ねえ斉藤さん」
斉藤答えて
「...そりゃ、時には敬遠の方がいいかなというときも...(爆)...まあ、もちろん勝負したいんですけど」
あんたまで小ギャグ言ってどうすんねん。

「ネット裏のひとり言」のあと、いよいよ信也、オリンピックネタに突入。
信也「キューバ戦苦戦したけど、大丈夫?」
高木「いや、でも本番では大丈夫ですよ、こっちも手は隠してますから。でも、向こうも5、6人隠してますよ。
向こうのピッチャーの変化球、宮本が『2打席目からは大丈夫ですよ』って言ってました。その後も打てなかったけど(笑)」
あんたまで小ギャグかい!
信也「絶対大丈夫?」
高木「負けませんよ。ていうか、負けるっていえないじゃないですか!」
斉藤「キューバとは接戦になるでしょうね。こちらのミスとかなければね...」
高木「もう、今日は両方からチクチクと...小姑ふたりに挟まれた、今日のプロ野球ニュースだったような...」
信也「いや、いぢめようなんて気は、さらさらないんだけどねっ」
どう見ても大ありだ!と突っ込んだところで、今週はおしまい。

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2004.07.18

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:7月15日2時間スペシャル

7月15日(木)後半戦開幕直前スペシャル

#OAから随分経過してる挙句に、間違えて前半約50分間の録画を消してしまった!2時間版だし、今日はツッコミだけさっくりと...(汗)

オープニングトーク。
いきなりの驚きは、加藤博一の髪型、なんと、かなりツンツンのベリーショートに...。
一部で噂されている「○○○疑惑」に、一石を投じる展開(笑)。
これから伸びてきたときどうなるかがカギだな(何が?)

その他の解説は、大矢&とまぴょん。
せっかくだから、もっと大人数でワイワイと、せめて関根翁くらいは、呼んで欲しかったものだが...。

その後は早速、選手会事務局長の松原徹氏をゲストに、合併1リーグ問題について討論会。
いろいろ熱くみんなで語った(長いので、というか、記録がないので(j_j)、内容は省略)
しかし、話がクライマックスに至ろうという23時50分頃、突然スタジオで
「ガチャン」
と、何か落ちる音が...。
まあ、いつものことなので視聴者も特に驚かないかと。
今日の加藤のイメチェンに比べれば(大汗)。
その後も、置かれた冷茶の氷が溶ける音?が「からりん、ころりん」と、時々...。
ていうか、音声担当さん、何してんの(汗)。


後半は、前半戦(信也はん、「ぜん『ぱん』」ではありませんよ!「ぜん『はん』」っすよ!)の総括で、まず、ブレイク、復活、記録達成選手の映像特集。
ところが、復活選手から新人選手の映像に切り替わろうかという瞬間、またも突然(笑)画面が真っ暗になり、BGMだけが空しく流れる状態に!
数秒して画面が戻ると、そこには、完全に「素」の顔でゆるーくモニタを眺める信也の姿が...(ど爆)。
そして何事もなかったように、というか何のフォローもなく、「はい、それでは...」と話し出す。
放送事故を事故とも思わぬ(みんな思ってるのに!)、肝のでかい男信也!

その後はペナントレース後半予想、オリンピックの話など、信也が茶化しつつまったりと進行。
数々のプチ事故はともかく、内容自体は充実してたので、まあよしとしておこう(何様>わし)。


追記:
すいません、17日放送分の記録ができなかったので、今週末分のアップは、来週まとめてやります(大汗)

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2004.07.16

アートマネジメントと球界再編問題をむりやり?くっつけて考えてみる

当blog左にも書いたように、近鉄の吸収合併と、それに伴う1リーグ制移行云々の問題は、いち野球ファンとして、また小市民としても、寂しくまた何とかしたいと思う状況だ。

「野球ファンとして」はともかく、「小市民としても」と言うその心は、周知の通り、民草の小さな声が完全無視されたまま、ごく一部の権力者がなし崩し的に重大事を決めてしまう暴挙、それが、国会や政府やそんな場所ばかりだけでなく、スポーツの現場でまでも行われ得る現実を、眼前に突きつけられたことへの、悔しさと無力感である。

合併/リーグ編成についての論調はいろいろあるが、多くに共通しているのは、「プロ野球は大衆『文化』だ」「『文化』を企業の論理だけで語るのはおかしい」という点だ。
インチキながらも文化学徒の私としては、一旦『文化』ということばを聞いてしまった限り、この問題を、いわゆる「文化支援」の問題と絡めて考えぬ訳にはいくまい(笑)。
そうすると、企業による芸術支援の諸問題も、構造的には、プロ野球興行と多くの共通点が見られるのに気づく。
ちょっと話が行ったり来たりするかもしれないが、おつきあいいただきたい。

たとえば、既に死語登録も済んでいそうな(...)「企業メセナ」ということばだが、私が芸術支援を初めて志した、1990年頃には大ブレイクしていた。
この時期に多くの企業美術館、企業ギャラリーなどが出来たが、90年代後半の不景気のなか、揃って大撤退。
(関東でいうと「デパート美術館」の運命を見れば明らかでしょう)
今野球界で論議されてる「縮小均衡」な状況になってきた。
決して「東京都現代美術館」や「ジブリ美術館」のようなハコが出来たから、客をそっちに取られて立ちゆかないとか、そういう過当競争ではなく、おそらく純粋に縮小しているのだ。

美術館が閉鎖されれば、市民はそのコレクションや企画性に触れる機会を失い、学芸員他のスタッフは、その職を離れざるを得ない。
ナベツネ(今更伏字せんぞ)が「たかが選手」と発言したが、美術に置き換えりゃ、企業のトップが「たかが美術作品」「たかがコレクション」「たかが美術研究者」と言っているのと同じことではないか。
もちろん、美術館の閉鎖自体、結果的に、こうした考えがどこかにあったことを裏付けている。

大阪ドームを始めとした「球場使用料」の問題にも、似たものを感じる。
例えば昨年「東京都現代美術館」でジブリ展が開かれたが、このように、自主企画展でなく、持ち込みの企画と共催するような形をとる展覧会(春の「ディック・ブルーナ展」もこの系統かと...)が結構多い。
館の負担を少なくしつつ、大きな収益が見込めるこうした展覧会を呼ぶことは、球場で展示会やコンサートを開催して、球場自体の収支を良する営業努力に通じると思うのだが。

野球は確かに「国技」と言われ、数十数百億の金が動く世界なので、これだけ社会的に大きく取り上げられ、国民的議論にまで高まっている。
しかし、その影で規模こそ違えど、同じように企業から見放され、縮小していく『文化』の業界がある。

では、美術文化はもうおしまいなのか?アーティストは行き場がないのか?と言われれば、やり方は、ある。
企業や自治体の支援を十分に受けてでなくても、でっかいハコがなくっても、いわゆるオルタナティブな、インディペンデントな形で、地域に根ざした活動を行うことで、新たな美術活動や、美術館(最近は、コレクションよりも活動を重視した「アートセンター」的な機関も多いが)のあり方を模索しているのが、さいきんの美術界の傾向だ。
マスな形のアートイベントでなくても、小さなイベントでも、やり方次第で、確実に参加者の心に残るものを作れるはずだ。

同じように、今、プロ野球なり、野球界全体に必要なのは、そういうオルタナティブな発想ではないだろうか。
先に書いたように、そりゃ事業規模やらかかる経費やらが全然違うから、強引に比べることはできない。
ただ、親会社にとっての球団とは、企業における美術館と同じく、単なる事業部ではなく、社会的機関なのだ。
球団経営に、文化支援活動の「ファンドレイジング」のような、幅広い資金集めの方法を画策したり、選手やファンの意見やアイディアをもっと取り入れてみたり、球団に関わる誰もが、「自分も球団の一員である」という意識で、球団という『文化機関』を維持発展させるために身を切る覚悟がなくてはならないだろう。
ドーム球場じゃなくてもいいじゃない、藤井寺でも、浦和球場でも、どこであろうと楽しく魅力的な「おらが球団」の野球をやったり観たりすること、それが全ての基本ではないかと思う。


...本筋とは関係ないが、もうひとつ。
ナベツネが「1年協議しろだ?100年協議しても決まらんよ」と言ったが、これが「みんなの意見を聞いていたら絶対に決まらない」という意味で言ってるのであれば、個人的には大問題だ。
これは私が常々言う持論だが「一枚岩ほど危険なものはない、バラバラでまとまらないことが、大切な時だってある」と思っている。
ましてや、ものごとを話し合って決めるときに「決まらないことが恐いので、話し合いできません」なんて、こうして字面にしてみれば、とんでも大矛盾ではないか。
だいたい、冒頭でも書いたとおり、「決まらないと困るので話し合わずに決めてしまおう」といって決めたことに、ろくなことはない!!(笑)
本当に野球のことを真剣に考えているなら、精魂尽き果ててぶっ倒れるまで、話し合ってみるのが、筋ってものじゃないのか。
そんな覚悟のあるファンや選手は、沢山いるのに、肝心な人たちが、その気にならないんだから困る。

さらに余談。
美術館で大きな巡回企画展をするときの協賛って、大抵「新聞社」が付いてるんだな(苦笑)。
それは、前に書いた『ちいさな箱 鎌倉近代美術館の50年 1951-2001』
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/05/_50_19512001_.html
に、60年代、大規模な展覧会をするために編み出された手段だった、という話が載っているので、まあ少なからず社会文化の役にもたっているわけですが、某新聞社もね。

もいっこおまけ。
よく見れば、全然具体的な提案がない文章なので、ひとつ具体的なことを。
オーナー陣が企業の論理で球団を圧迫するなら、逆に「球団が減ると困る企業」の方から、声を挙げてみてはどうだろうか。
例えば、野球用品メーカー。
業界が縮小均衡になれば、当然その影響をもろに受ける。
プロ選手が減ってしまえば、オーダーも減るし、技術の蓄積もできない。
アマチュアや学生層まで縮小すれば、将来の需要も減る一方。
同じ企業同士という立場で、なんとか球団親会社の動きに歯止めをかけるなり、選手会をバックアップするなりしてほしいものだ。
以上、デザイン業界が不景気だと商売あがったりな、もと画材屋勤めからの率直な意見でした。おそまつ。

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今週も、金剛山で南北離散家族再会

4月にも書いたが、これだけは忘れられたくないことなので、またも...。

日本では、曽我さん家族再会報道の影に隠れてしまったが、朝鮮半島ではもうひとつの再会があった。
今週2回に分かれて、北朝鮮の金剛山で、南北離散家族の再会事業が行われたのだ。
今回は、家族だと思われた二人が実は友人同士だった!?疑惑という、由々しき事件もあったが、それでも、再会の喜びと再度離別する悲しみは不変のものだ。

前に書いたとき
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/04/rku.html
に書き漏らしてしまったが、私が、この足らぬ頭でも常々憂慮し、また寂しく思うのは、最近、日本人の朝鮮半島観にみられる「ゆがみ」のことだ。

巷では、ヨン様ビョン様云々と大騒ぎ、韓国映画の日本公開も相次ぎ、今日は『ホテリアー』の小説版がベストセラーだというニュースまで聞き、いわゆる「韓流」で大騒ぎだ。
#余談だが、わし、K-POPもメインストリームよりフュージョンジャズだし、ドラマは日本のも殆ど見ないので、実は「流れ」には乗れてません...。
それまで一般的に、韓国といえば、古くは所謂キーセン観光(激汗)に免税品、数年前まではグルメに東大門衣料市場、つまり単に「コストパフォーマンス」面のみが、強調されてきた感がある。
それがこの韓流ブームで、コンテンツの「質」、そして、そのクリエイティブ力を支える「人」の方に、関心が寄せられれるようになった。
それ自体は、「乗れてない」私個人も、とても嬉しいし喜ばしいことだ。
「何かに取り組む人」に関心が向くということは、「人」への敬意、そしてその「社会」への理解を、育てる元になると思うからだ。
韓国の人、そして社会が広く理解されることで、日韓の人たちがより対等に、素直にコミュニケーションできるようになることを、願いたい。

しかし一方、その韓国と対をなす、北朝鮮に対して、日本の視線はどうだろうか。
ひどい国、悪い国、不幸な国、洗脳されてるっぽい国etc.、...どうにも、「敬意」「理解」「対等」という類の言葉とは遠いようだ。
もちろん、北朝鮮の秘密主義、軍国主義、民衆の惨状は事実であるだろう。
その一方では、拉致問題の流れで、経済制裁を求める声が強く、核問題から、率直に北朝鮮を恐れている人も多いはずだ。
でも、果たしてそれ「だけ」でいいのだろうか、北朝鮮への視線は。
今沢山の人が大好きな「韓国」と、分断されてできた国だという歴史に、(当局あるいはマスコミも、多分めんどいので、)意図的に目をそむけていないだろうか。
例えば、韓国映画には、『JSA』『シュリ』らのように、直接南北問題を取り上げた作品、また『猟奇的な彼女』のように、コメディーでも、主人公が兵役明けという設定が暗に登場するものもある。
それらは、確かに南北が抱える問題の一端、また「韓国」人の対北観を反映しており、日本人もそれらに共感することはしている。
だけど私が言いたいのは、そこからもう一歩踏み込んで、今の日本にある、「韓国」への視線と「北朝鮮」への視線、その二つのあいだにある、結構深刻な矛盾のこと、またこうした意識の乖離は、何故起きるのかを、考えてみる必要がある、ということだ。

それは、朝鮮半島とさまざまな形で歴史的に関わってきて、現在それがある意味かなり緊密になりつつある状況の中で、私たち(個人の文章で「一人称複数」を使うのは抵抗があるんですが、今回敢えて...)一人一人の心の中にある「ゆがみ」を、もういちど見つめ直す作業をしてみてください、という、私の勝手な(汗)願いでもある。
南北離散家族について、日本でも広い関心がもたれることが、その一助になれば、と思うこのごろである。

我ながらとりとめない文章にて失礼...。

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2004.07.12

『多民族社会ロンドンのコリアン・コミュニティ』講演のおしらせ

「ロンドンのコリアンタウン」をテーマにした講演を、私が参加している朝鮮語講座『現代語学塾』にて、開催いたします。
公開講座という名のとおり、どなたでもウェルカム、公民館の涼しい座敷でまったりしつつ、講師の話を聞き、また講師や他の参加者と語り合う、ゆるやかで楽しくかつ充実した時間をもちたいと思います。
ご興味のある方は、下記の詳細をお読みいただくか、現代語学塾サイト(blog左側にご注目!^^;;)にアクセスしてください。
多くの方のご参加を、お待ちしています!


以下、広報用チラシ原稿を、一部改行して転載します。


●現代語学塾第68期公開講座『多民族社会ロンドンのコリアン・コミュニティ』  

日時:2004年8月22日(日)14:00〜
場所:代々木ふれあい会館(JR・都営大江戸線代々木駅下車3分、渋谷区代々木1-37-10)              
講師:神谷丹路(かみや・にじ)さん、現代語学塾中級2講師 
参加費:500円

神谷丹路さんは、2002年8月から1年間をイギリス、ロンドンで過ごされました。
二人の娘さんを現地の学校に通わせながら、ロンドンの成熟した多民族社会ぶりを実感した、といいます。
それまでの日本と韓国の間を往来した体験を土台に、遠いヨーロッパから東アジアの片隅を眺めて感じたことを交えながら、ロンドン南西部にあるヨーロッパ最大のコリアンタウン、ニューモルデンを拠点に、増加を続けるロンドンのコリアンについて、話していただきます。

【神谷丹路さんプロフィール】
1958年生まれ。
国際基督教大学在学中に交換留学生として韓国延世大学に留学。
韓国の田舎の村々を訪ね歩く中で、近代における日本の植民地時代の痕跡を見聞きし、日本人にとってこの100年の歴史とはなんだったのかを考えるようになる。
以来、韓国の歴史や文化を訪ねる旅を続けている。
84年-85年、現代語学塾に学ぶ。
日本大学、和光大学非常勤講師。
著書として代表的なものに、『増補版 韓国近い昔の旅』凱風社、『韓国歴史漫歩』明石書店(最新刊)などがある。

主催:現代語学塾  
http://hello.to/gogakujuku

メールお問い合わせ先:
gogakujuku@hello.to

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CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:7月第2週

●7月11日(日)オールスター第2戦&どうなるプロ野球でお喋り3人集はもう止まらない...

金・土と2日間お休みして、今日から番組再開。

オープニングトーク。
信也、さりげにまたヤンキース柄のタイしてるし...。
ホームスチールを見たいと常々言っていたが、今日のオールスターで見られてよかった!新庄ありがとう!だそうだ。(...)
関根潤三翁、キャッチャーの返球時に走るホームスチールは、子どもの頃に見たことがあるそうだ。
信也、なぜか「子どもの頃」がツボに入ったらしく大ウケ。
「関根さんが子どもの頃見たっていうのは、70年前の野球ですからねえ(笑)」
金村「あれは審判もヒットです」(爆)。
ちなみに信也、現役時代に一度だけホームスチール成功したことがあるらしい。(プチ自慢か?)

まずは今日のオールスター第2戦の解説から。
関根潤三翁、中田秀作アナに、記念すべき第1回オールスターに出場し、しかも投手と打者両方で出場した選手はあなただけ!と持ち上げられ、いきなり「プロ野球70年史生き証人」状態...。
そして試合解説の後、おもむろに関根翁、昔話を始める。
パ・リーグは、昔からセに絶対勝って、パの実力を世間に知らしめようとがんばっていた、セに負けたりなんかすると、しかられたものだ。
鶴岡監督時代に、一度だけ、前日にパ代表みんなで集まって、練習をしたことがあるくらいだ、とのこと。
#全体練習って、オリンピック代表じゃないんやから...。

続いて信也、新庄のホームスチール成功について、ランナーがいるときは、立ってキャッチャーは帰さないとダメだと、今のキャッチャーの「座ったまま返球」に喝を入れる。
「自分も足に自信があったから、同じ状況ならスチールを狙うかもしれません」
信也よ、これも「プチ自慢」か!?
さらに金村、昔のパ・リーグだったら、4番の打席でランナーがホームスチールなんぞしたら、チーム内でボコボコにされるで〜、バッターが小笠原だったからええけど。
今日は信也、金村、関根翁全員まとめて、新庄ベタ褒めの1日であった...。

オールスターの話の後は、選手会臨時大会の話。
関根翁が危惧しているのは、ストライキが目的化してしまうこと、経営陣も、話し合いの余地を持たせて欲しい。
金村も、選手会は、ストは絶対やってはいけない、経営陣なんか、絶対言うことを聞いてくれないから、それよりスタッフを含めた雇用の保障に絞って交渉すべき、との意見。
しかし信也、自分は1リーグは絶対反対、そのためならストも容認と発言。
金村、近鉄の経営陣、渡辺オーナーの顔色ばっかり見てるから〜(実際に実名で言っとった)、とにかく、渡辺が牛耳っている限り、ストをやってしまった後のことが心配でならない、という意見が出たところで、ひとまず締め。

次のコーナーは「Play of the day」の前半総集編。
外野、内野、番外編(打撃や走塁、記録モノ)に分けて、さくさくと紹介。

そしてメジャー情報、「今日のホームラン」もさくさく終わって、「ネット裏のひとり言」。
今日の当番金村、選手会理事OBとしてご意見。
とにかくストライキは、最後の最後の手段として、むやみに口にしてはいけない、アメリカのストの真似ならダメ、オーナーたちの中でも、飛び抜けて強いオーナー(...)がいる中、個人事業主であるプロ野球選手のなかに組合があること自体かなり異例なこと、まずはみんなでひとつにまとまり、雇用の確保に尽力し、歩み寄りを続けないといけない。

今日は新庄ネタまでは明るかったものの、やはりこの事態に、慎重に語らざるを得ない3人。
毒トーンは、某オーナーの話になった一瞬くらいか。


#ちなみに、オールスター休み中は、7月15日(木)に、2時間スペシャルで前半戦総括をするとのこと。
そちらもアップするかどうかは、ちと内容観てから決めたいと思います...。

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「誰かの願いが叶うころ」

この前、ある集まりに参加した。
私はそこで、とても楽しく充実し、また他の方とも情を分かち合える時間を持てた。
が、さっきあるサイトで、その場で人知れず傷ついていた人を見つけた。
その理由は、私には実感の薄いことなのだが、その人にとってはアイデンティティの根本に関わる問題だった。

自分の中の充実感と、自分も我知らず「傷つける」行為に荷担してしまったかもしれないこととの間で、その日の体験をどう整理したらいいのか、私は静かに混乱している。

(「プチ近況」から移動させました)

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2004.07.07

「タウトが見たもうひとつのニッポン」展と関連講演

かな〜〜〜り前の話で恐縮だが、去る6月11日、早稲田大学中央図書館で開催されていた「岩波書店所蔵ブルーノ・タウト資料より『タウトが見たもうひとつのニッポン』」展 を観に行った。
http://www.wul.waseda.ac.jp/TENJI/taut/

正直、私自身はこれまで、タウトに特別な関心があったわけではない。
タウトに関する本格的な文章を初めて読んだのは、通信のテキストでだった。
私が所属するコースの主任教授が、タウトの研究をライフワークのひとつにしている方で、教科書のなかにタウト研究の小論文を載せていたのだ。
(これで、分かる方にはどなたかバレバレですな・苦笑)
で、その先生か展示のキュレーションをなさっているということで情報をいただき、観に行ったわけだ。

会場の早稲田大学中央図書館は、都電の早稲田駅からすぐのところにあった。
ずいぶん新しい建物だぞなもし〜、と思って館内に入る。
どうでもいいことだが、早稲田のキャンパスに入るのは、17年ぶり2度目(笑)、ちょっと自分がモグリな気分(謎)。

展示室自体は意外に小さかった(すんません)が、貴重な資料が多くて、中身の濃い展示だった。
岩波書店に保管されていたタウトの日記や写真類が、タウトに縁の深い群馬県の、創造学園大学で「ブルーノ・タウト記念館」として展示されるとのこと、
http://www.tacc.ac.jp/souzou/taut.htm
その前の整理として、以前にまとめられた目録と、現在ある資料との照合、また各資料の分析が行われ、今回の展示もその成果の一部だという。
会場は、お年の方から早稲田の現役学生さんらしい方まで、常時4〜5人が入れ替わり来場していた。
女の子二人が、ベス単を見て「かわいい!」、タウトが撮ったハチ公の写真を見て「あっハチ公だ!」と感激していたのにプチウケした。

主な展示物は、タウト来日〜離日までの記録と、直筆ノート、スケッチ類、写真(ベス単でスナップ的に撮ったものが、ものすごい数残っており、それらの整理と分析が今後も大きな課題らしい)だったが、それらが、彼独自の視点を端的に見せてくれていた。
彼の覚えた日本語で、よく使っていたのが「いかもの」(笑)
日本で見聞した何が「いかもの」で、何がそうでないのか、タウトの日本観、また関心の傾向が、今見直すとなかなかに面白い。
#料亭の内装はまだしも、羽子板までが「いかもの」と言われてしまっていたのが、わし的にはツボ(爆)。
それらを、スケッチを交えて絵日記風につづっているので、展示されている文章の日本語訳と、スケッチを照らし合わせてみると、とてもよくわかる。

また、展示の中で興味深かったのは、会場で配られていた資料目録中のテキストでも触れられていたが、『ニッポン』が、戦時中にも関わらず(昭和18年まで!)何回も改訂され重版されていることだ。
ご存じの方も多いと思うが、『ニッポン』や『日本美の再発見』に見られるタウトの日本文化論が、当時(昭和10年代、ってやつですね)の日本社会において、「特定の政治的意図」をもって語られていたことを考えると、あの紙不足な時期に出版され続けた事情も、察せられよう。

他にも、タウト自身の資料ではないが、立原道造がタウトの講演を聴講したときの「タウトノート」が、個人的にはとても目を引いた。
開国から60年くらい(講演は1934年)の日本社会で、読まれる「本」の形態が西洋化したのは周知のとおりだが、同時に「紙にものを記録するときの<書き方>」まで、ここまで西洋化、というか、モダンになるものなのかな、と、妙な感心をしてしまった。


翌日12日の土曜は、「早稲田大学美術史学会」というところで、先生が今回の展示に関して、発表をされることになっていた。
私も「場違いくん」(汗)は承知の上で、聴講に行ってみることにする。
会場は、文学部のキャンパス。展示のある図書館とは、ちょうど正反対なので(苦笑)、東西線の早稲田駅から行く方が早い。
#それにしても、私の前の?母校もそうだが、最近の大学はどんどん建物が高層化して、きれいになっていくなあ、もっと驚いたのは、その新しい建物を、学生がまたきれいに使っていること!サークルのポスターやビラも、ちゃんと決められた場所に貼ってるし。
一見、秩序をよく守ってやってるように見えるのだが、これってもしかして、単にビラを貼りにくい環境を作って、環境によって無意識のうちに統治されてる、てことだろうよ?なんて邪推(いや、自分的には確信大ありだけど)をしてしまうのだが。

話が大きくそれてしまったが、まあそうこうしつつ、その前の発表が終わるのを待っていた。
この学会発表では、それぞれの発表に相関性があるわけではないのだ。
前日には、3時半くらいから先生の発表が始まると聞いていたのだが、結局大きく押して4時の開始になった。
会場は、いかにも研究者然とした方から、先生が早稲田で持っている授業の生徒、武蔵美の方も来ていたようだ。あまり大きい教室ではなかったが、聴衆は7、80人はいただろうか。

この発表は、『ニッポン』に、本来タウトが掲載しようとしていた写真の候補を、本人の意図(と思われる)とおりに並べ直してみる試みだった。
MacOS Xの「iPhoto」と「Acrobat」を使って、その写真をプレゼンしていくのだが、研究室が「Mac博物館」と化している先生(もう隠し通せないっす、S先生っ!)。
さすがにOS Xも導入し、しかもこの「iPhoto」ってのは随分便利そうだなと、本筋と関係ないところでひそかに感心してる私(汗)。
本の本文と図版(写真)の関係によって、本の表現する内容が変化してしまうこと、またその中にいろいろな「編集性」が絡んでくるのだと、端的に感じさせてくれる発表だった。
また、『ニッポン』の昭和16年版の日本語訳が、『日本美の再発見』から影響を受けて改訳されていたのではないか、という推論は、展示の項でも書いた「タウトの日本観を政治的に見る」視点からも興味深かった。


最近、このblogでも、モダニズムがプチブームになっていて、何度か書いてもいるが、これをきっかけに、新たな視点として、戦前の円本や全集のブームのなかで、原本の図版がどのように扱われてきたのかなど、またまた関心が湧いてきた。
また、展示の方では、高崎などで工芸指導をしていた彼が、当時の日本の工芸、また民芸運動などをどのように見ていたのか興味深い。
#なので、展示テーマの本筋でないと思いつつも、タウトが日本で作った工芸品も展示されていると、さらに良かったのになあ、と思う私...。
折角の機会なので、これからもネットや本などで、タウトを調べていくことにしよう。
それにしても、モダニズムといっても、長い日本史の中で、まだ7〜80年前のことなのに、忘れ去られたこと、依然不明なことがこれほどに多いとは...。
モダニズム、奥が深いぜ。

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2004.07.06

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:7月第1週

●7月2日(土)「信也のMLB観戦自慢大会」第1夜(...)

オープニングトーク。
いきなり大映しになるヤンキースの帽子、そしてカメラが信也の方がにパンすると、そこには、ヤンキース柄のトンデモなネクタイを自慢げにはめ、満面の笑みを浮かべた信也のアップ...。
何でも、木曜までNYでMLB観戦をしていたそうだ。
この日本球界がライブドアやら会議やらと大騒ぎなときに、自分だけ、のほほんとご行幸かいっ!!!
しかも、「いや〜、メジャーの試合は見応えがあっていい!!」と、いつも口うるさく言ってる、MLB選手のお行儀問題はどこへやらの手放し大絶賛。

試合解説、メジャー情報までを、いつになくいそいそと終わらせた信也、いきなり、
「さて次は、佐々木信也のメジャー情報です!」
ったく調子に乗りよって!

信也が観た試合はヤンキースVSレッドソックス戦、チケットが取りにくいので有名な、この試合の観戦にあたり、商社に勤める自分の婿を利用し、そのルートで口を利いてもらったら、先方が球場のスゥィートルームを用意してくれたとのこと。
案内役も付き、座席は悠々、料理や飲み物、お菓子も付いてきて、しかもグラウンドに近くて大感激、たっぷり堪能させてもらいました、もうやめられません〜、だって(...)。
いい加減自慢放題にあきれた谷沢健一、ムッとしつつ
「(そのスゥィートには、)女性は付いてなかったんですか...」
信也、「いや(苦笑)....」
すかさず関根潤三翁、「口ごもってるよん〜(大爆笑)」

また、報道陣は、ロッカールームにプレイボール1時間前まで出入り自由、プレス専用の食堂もあり、ごちそう満載。
信也もヤンキースのロッカーに入り(じゃま!)、松井といろいろ話をしたとのこと。しかも!
「松井がまた、きれいないい体をしてるんだよ、真っ白なの!(はあと)。未亡人に見せちゃいけないような体だよ(何ちゅう例えじゃ!)」
谷沢返して、
「美白なんだね、今はやりの(爆笑)」...。
もう暴走が止まらない信也、今度は坪内アナに向かって、
「どうですか、坪内さんも行きませんか?ヤンキースのロッカールームに。」
坪内アナ、苦笑しつつ
「あ、は、はい、そうですね、行きたいですね、よろしくお願いします...」
ていうか、ここで空気読んだら「あ、わたし別にいいです。」とは言えんでしょうが!

さらに、信也はジーターとA.ロッドのプレイに感激したとのこと。
彼らが常に先頭に立ち全力プレイ、2、3回でユニフォームはすぐ真っ黒、ヘッドスライディングも辞さない彼らのことを、日本の高給取りな4番打者も見習え!との詔。
そこで関根翁、ちっちゃな声で
「日本で今4番打ってる選手とか、ヘッドスライディングできないんじゃないの?」(ツボ入りました)
それにしても、日本には、世界の盗塁王「福本豊様」の、「頭から行く奴はヘタ、足からビャッと行け!」という、すばらしいご金言が伝わっておるではありませんか、ねえ信也....。

====================================================

●7月2日(土)「信也のMLB観戦自慢大会」第2夜&影の主役は江奈夫人...?

オープニングトーク。
今日もさりげなく、昨日と違うヤンキース柄ネクタイの信也。
最近、西武のもと球団代表の「サカイさん」から電話をもらい、合併問題や1リーグ問題について、大いに意気投合したとの話。
加藤博一は「ひとこと合併反対!」、高木豊は「よくわからないが、インスピレーションで言えば反対」。
正力松太郎が、野球は1リーグじゃ発展しない、と言って2リーグ制をつくったのに、逆行してどうする、という信也の弁。

試合解説、広島vs巨人のゲームで、なんと途中から、小田幸平@石井江奈アナ連れ、がヒットを打つ!
加藤博一曰く、
「ここはサービスで入れました。今シーズン初ヒットですからね。スローもつけてみました」
(小田の打撃フォームのスロー流れてスタジオ大爆笑、石井アナ困り顔アップ)

メジャー情報まで終わった後、全然話し足りないのか、またMLBネタ。
実は、加藤博一も、その前にアメリカに行っていたらしい。
大ファンのポサダ捕手に会ったら、日本からのジャーナリストだと聞いて、彼が直立不動で話に答えてくれたと、また感激の信也。
その後、ジーターのグラブをはめさせてもらい、さすがにいい選手は同じ所でボールを捕るから感触がいいと、また感激し、加藤と「だよね〜」とふたり調子を合わせる。
信也さらに、「ほんっと、球場の雰囲気がよくってね、ああいうところで試合を観られるのは幸せだよね〜」
すると、自慢話に耐えかねた高木豊、ついにいじけてキレてしまう
「あんたら二人が幸せなんでしょうよ!(大爆笑)まったく、信也さんったら、この世の幸せ〜、みたいな顔してっ!!!」
すると加藤、
「高木さんは、アメリカ行く前に、まずアテネ行かないとね」(笑)。

「ネット裏のひとり言」今日の当番加藤も、やっぱりMLB観戦の思い出語り。

その後みんなで盛り上がったのは、日本の球場に文句囂々。
「日本の球場って、スタンドとグラウンドの間が遠すぎる!」
「外野フェンスも高いし、バックネットとかも邪魔!」
「ちゃんと試合観てたら、そうボールは当たりませんよ!」
そ、そりゃみなさんは、基本的に運動神経いいから野球選手やってたわけで、おいらみたいな運動音痴は、そんな野球場には恐ろしくて行けませんです...(泣)

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「両性の平等」を定めた憲法24条の改悪

えと、「今週の佐々木信也」とか(汗)「Borderline Cases」展のその後とか、先に書くべきことは大いにあるのは重々承知なのですが、取り急ぎカッと来てるのでアップします。

今日、メールで回ってきた「憲法改正プロジェクトチームの論点整理(案)」の問題点に関する文章です。
転送のそのまた...てな感じで回してるうちに、発信源がいつのまにか消えてもーたみたいなのですが、ひとまず「ご立腹」せずにはおれませんでした。
既に先月発表されたことで、早くから反応されてる方もいらして、
http://fb-hint.tea-nifty.com/blog/2004/06/post_6.html
若干出遅れてる感もありで恥ずかしいのですが...。

以下転載============================================

> ★緊急事態!投票日までにひとりでも多くの女性に伝えてください★
>     「現実にあわせて憲法を変える」⋯女性差別も!?
>  「両性の平等」を定めた憲法24条の改悪が検討されています!
>
>
> 6月10日に発表された自民党の「憲法改正プロジェクトチームの論点整理(案)」
>
(http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/20040610jiminkaikenPTronten2.htm)
> は、「家族や共同体の価値を重視する観点から」両性の平等を定めた憲法24条の
> 見直しを示唆しました。
> 政治家の女性差別発言、荒川区など自治体での男女共同参画へのバックラッシュ、
> 性教育・ジェンダーフリー教育への攻撃などが、ついに政権党から改憲案として
> 出てきました。ほとんどタリバーン化。緊急の事態です。
> 「家族は社会の基礎」として個人の権利を否定するような改憲案が通れば、少子
> 化対策や DV対策、男女共同参画計画などにおいて、すぐに深刻な影響が出てくる
> でしょう。もちろん女性のリプロダクティブライツを否定したり「ジェンダーフ
> リー」バッシングをしているのは、自民党だけではありません。ぜひジェンダー
> 平等を今度の選挙の争点にしましょう。
>
> それにしても選挙直前にこんな案を公表するとは、女性有権者をナメきっている
> としか思えません。7月11日の投票までに、ひとりでも多くの女性・男性に、私た
> ちの権利を奪おうとするたくらみを伝え、24条改悪を阻止しましょう!
> 現在、有志による「 STOP!憲法 24条改悪キャンペーン」を立ち上げ、共同アピー
> ルの発表や、全国で緊急行動を展開することを計画しています。ぜひみなさんの
> ご意見、アイデアをお寄せください。

===================================================

で、私も読んでみました、「憲法改正プロジェクトチームの論点整理(案)」。
もう最初から最後まで、わざわざおいらをを怒らせるために書いてるとしか思えない文章!

まず、全体を通じて「日本国家のアイデンティティ」「愛国心」「公共心」が串刺しになってますが、まあこれは今更って感じなので驚きませんが。

問題は次。

   ㈼ 各論
   一 前 文
   1        共通認識
   現行憲法の前文については、これを全面的に書き換えるものとすることで、異論はなかった。
   2        前文に盛り込むべき内容
   前文に盛り込むべき内容に関する意見は、次のとおりである。
   ○       現行憲法の基本原則である「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」は、今後ともこれを堅持していくべきである。ただし、「基本的人権の尊重」については行き過ぎた利己主義的風潮を戒める必要がある。また、「平和主義」についても、現行憲法9条の見直しを反映させ「一国平和主義」の誤りを正すとともに、国を挙げて国際平和を推し進める姿勢を強調するなど修正が必要である。
(※引用中の文字化け、空き等はそのまま、以下同じ)

あのう、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」を、あの前文を変えて、どうやって表現できましょうか。
しかも、「行き過ぎた利己主義的風潮」が、何を指しているのか、全然分かりません。
というか、「利己主義的風潮」が、憲法の所為だというその根拠も、でんでん分かりません。

その間の文章にもいろいろ文句はありますが、きりがないのですっ飛ばして、

   四 国民の権利及び義務
   (※中略)
   3 公共の責務(義務)
   公共の責務(義務)に関する意見は、次のとおりである。
   ○       社会連帯・共助の観点からの「公共的な責務」に関する規定を設けるべきである。
   ○       家族を扶助する義務を設けるべきである。また、国家の責務として家族を保護する規定を設けるべきである。
   ○       国の防衛及び非常事態における国民の協力義務を設けるべきである。

あのう、いまの社会って、そんなに社会連帯・共助ができてないですか?
街をぶらぶらしてれば、ちょっと困ってる人に声をかけて助けてる人の風景を、よく目にしますけど。
ましてや、近鉄存続署名運動から始まって、イラクのモハマド君への寄付、または阪神大震災のような「非常事態」に至るまで、困ってる人に手をさしのべている人は、今でもたくさんいるんですが。
もうひとつ、「国家の責務として家族を保護する規定」って、それって家族のいない人、家族を作ろうとしない人は、保護されないってことですか?ちょっと待ってえな〜。

   4 見直すべき規定
    上記の2・3とも一部重複するが、現憲法の運用の実態に照らし、権利に関する規定を見直すべきとする意見は、次のとおりである。
   ○       政教分離規定(現憲法20条3項)を、わが国の歴史と伝統を踏まえたものにすべきである。
   ○       「公共の福祉」(現憲法12条、13条、22条、29条)を「公共の利益」あるいは「公益」とすべきである。
   ○       婚姻・家族における両性平等の規定(現憲法24条)は、家族や共同体の価値を重視する観点から見直すべきである。
   ○ 社会権規定(現憲法25条)において、社会連帯、共助の観点から社会保障制度を支える義務・責務のような規定を置くべきである。

そう、これが問題の24条改悪!なあんで?
どういう風に考えたら、家族や共同体の価値を重視すると、両性平等じゃない方がいいって結論になるのよ!
現憲法は、家族や共同体をよりよくするために、両性平等を選んだんじゃないのかい?
ちなみにこれって、女性だけの問題じゃないですよ。
だって、男性の方が法的に有利になるとは、この文中どこにも書いてないんだから(苦笑)。

あと気になるのは、

   六 司 法
   (※中略)
   3 今後の議論の方向性
   司法のあり方については、一部に、常識に反する裁判をしているとの国民の批判を招いていることを踏まえ、司法制度改革を推進しつつ、今後とも検討を進める必要がある。同時に、司法への国民参加という観点から憲法に何らかの規定を置くべきかどうかについても、今後の検討課題とすべきである。

この「常識に反する裁判」ちゅうのが。よく分かりません。
書き手的には、「靖国参拝違憲判決」とか、そういうのを当てはめて欲しいんだと推測しますが、少なくとも最高裁の裁判官は国民が選んでるんでしょ。
その辺、もっと国民の意見聞いたらいいやん。
裁判員制度が良いのかどうかは、個人的には判断しかねるけど、裁判官が常識的(=良心的、とはいえないと思いますが、必ずしも)かどうかみんなが判断する機会でも、あるんじゃないの?と思うんですが。

以上、いつも書いてることですが、ほんっとうに主観的に言わしてもろてます。
前にもどこかで書きましたが、今の憲法は、私にとっては、両親が新制中学で教わって、そのコードが根底にある社会のもとで育ててもろて、自己実現し、社会と繋がって、今に至ったものであり、それを否定されると、私の価値観を否定されたような気分になるんですわ。
もちろん、憲法に関する論議を聖域化したいとかとは、さらっさら思ってません。
ただ、この「憲法改正プロジェクトチームの論点整理(案)」を、これからの社会のコードとして認める気にだけは、ぜんぜんなれないよ、というだけです。

7月11日には、この怒りを投票用紙にぶつけてやるぜ!(汗)

追記:
今日、「HEY×3」で佐野元春が新曲「国のための準備」を歌った。
「家族とか大切な人を心に留めて/美しく見える話には裏がある 」
っていう歌詞、まさに、今日私が上に書いたこと、「家族を護る」ことの暗部を、バチコーン!と突いてくれたぜ!
さすが元春兄貴、22年あなたに付いてきたことを、今日ほど嬉しく思ったことはありません!(笑)

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2004.07.01

キム・ソンイルさん告別式

ここ3日ほど、展覧会関連の打ち合わせやら入稿やら、それで疲れて終日爆睡するやら、連れ合いがCSで野球中継観ちゃうやら(...)で、韓国KBSのニュースを全然観ていなかった。
で、今朝、気がついた、キム・ソンイルさんの告別式が昨日行われていたと...。
あれだけのことを書いておきながら、告別式をちゃんと見届けていないとは、全く我ながら情けない。

今朝の「ウォッチ!」で言われていたのは、ご遺族の挨拶で
「私たちは、イラクを許します。そして、あなたがたを愛します」
ということばだ。
実は、うちも実兄が7年前に他界しているので(それで、5月末に甲府で7回忌をやってきたのだが)何となくわかるのだが、ご遺族が家族の一員の死を消化するというのは、自身の内的に消化するだけでも、かなりのエネルギーと時間と、代替される経験(楽しい経験とか)等々、を必要とするものだ。
それに加えて、今回のような場合、ご遺族は、その死を社会的な視点から捉えて、関わっていくことを求められてしまうわけで、このようなことばにたどり着くまでには、相当な葛藤があったことだろう。
#番組でも言われていたが、確かにクリスチャン的な消化のしかたかもしれないが。
ただ、多くの市民が彼の死に一緒に悲しんでいた、そういう共有感(って言い方ありなのかな)は、ご遺族にとって多少なりとも慰安になったことだろう。

全く悲しい事件ではあるが、これを負の遺産として、韓国人とイラク人の望ましい関係(派兵という関係の是非も含めて!)が、もういちど真摯に考え直されればと思う。
もちろん、韓国を日本に置き換えれば、全然他人事でないことは明白でしょう。

資料不足で、とてもベタな表現の文章になってしまって、自分でもちょっと嫌なのだが、区切りとして今日書いておかなければと思ったので、とりあえず...。

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