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2004.06.14

『モダン都市の読書空間』永嶺重敏

タイトル:『モダン都市の読書空間』
著者:永嶺重敏
出版社:日本エディタースクール出版部
定価:2600円
初版:2001年3月
ISBN:4-88888-310-6

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先の記事でも触れたが5月末実家に行く用があって、そのついでに父親に「ねーねー、雑誌回読会って、知ってる?」と訊いてみた。
あまり詳しく返事してくれなかったが、「そういえば俺もやってたな、でも、読みたい雑誌がうまく回ってこないから、すぐ辞めた」とのこと。
多分、昭和30年代前半の話のようだ。

で、この「雑誌回読会」という流通システムを、私の人生35年(汗)、生まれて初めて目にしたのが、この本だ。
個人的には、モダンレトロ文化関係は結構好きで、前の『絵とき百貨店「文化誌」』みたいな本も良く読むのだが、それにしても、まだまだ1920、30年代は、奥が深い...。

この本は、戦前の日本において、各社会階層のひとたちがどのように、「読書」という行動を取っていたのか、またそれが出版・流通のシステムとどのように関連していたのか、を調査研究したものだ。
まず興味を引いたのは、著者のデータの取り方だ。
戦前の「東京市」内の各区の住民データ、また施設データなど、一見ごく普通の?行政の記録や、書籍小売組合などの組織の記録を組み合わせて、「下町」と「山の手」の読書行動の違いを解き表してみせる手法には、ひたすら感嘆した。
また、当時の出版業界のトレンドが、震災以降の東京の拡大と、それに伴う「電車通勤」の一般化によって、「通勤時の読書」という新たな読書行動を生み出したことに、大きな影響を受けているという指摘が、大変面白かった。

でもって、その中で大正〜昭和初期まで全盛だったのが、「雑誌回読会」という「読書装置」(筆者は、図書館など、大衆に読書を提供するシステムをまとめてこのように称している)だ。
そのシステムは、一言でいうと「登録会員制雑誌貸本配達システム」で、回読会(というといかにもインディペンデントな会のようだが、実際は会社組織)が数十種類の雑誌を予め用意し、会員はその中から読みたい5誌なり8誌なりを選んで登録すると、3〜4日おきに配達人が回って来て、契約通りに本を取り替えて供給する、というものだ。
筆者は、この回読会の営業記録を元に、会員となった人々の読書行動を分析している。
さらに、回読会が月遅れになった雑誌を地方へ低額で卸売したことが、結果的に都市部以外の低所得層にも、読書の機会を与えたことを指摘している。
しかし、当然ながら、回読会の貸本、古書卸売は、出版業界・小売業界と対立し、裁判に発展した。
この辺のくだりは、殆ど昭和初期版『だれが本を殺すのか』の世界で(笑)、本の流通の問題って、根が深いのね〜と改めて感じた。

また、『文藝春秋』の創刊から、日本トップクラスの発行部数を誇る雑誌に成長した過程を追い、同時にその読者がどのように『文藝春秋』を読んでいたのかを描いている。
『文藝春秋』の発行人である菊池寛が、最初は道楽で始めたつもりが、好評に乗じて、バンバン広告を打ちまくり、売れる雑誌を作るために血眼になる(彼の書いた広告コピーの数々が強烈でツボ!)さまが、妙に笑える。
さらに、当初の『文藝春秋』は、低学歴階層よりの大衆誌『キング』との差別化を図った「知的な」文芸誌を目指していたのが、部数が増えるにつれて、読者層がだんだん『キング』とかぶってしまうあたりが、雑誌、あるいは本の大衆化を意味しているのだと、著者は指摘している。

本書の中では、雑誌だけでなく、いわゆる「円本」として知られている、昭和初期の全集ブームについても、興味深く論じられている。
「円本」、つまり当時の廉価版「●●全集」の類いは、古今東西の名作や学術書(マルクス全集とか!)を、総ふり仮名に改版し、シリーズとして1冊ずつ配本する、というシステムだった。
著者は、この円本ブームが、都市の新しい住宅に住む世帯〜生活道具などの基盤を新たに整える必要のあった〜に、まとまった「蔵書」を提供するシステムであったと指摘する。
また、総ふり仮名によって、読書の大衆化に拍車をかけ、また労働者層にも、マルクスなどの社会理論を読ませることになったと推察している。
ちょうど先日、昭和の初めに岩波から出版された「夏目漱石全集」の一巻を手に取る機会があったのだが、それが総ふり仮名で、「おお、これが円本というやつか!」とひとり感心してしまった(苦笑)。

序章から結びまで、あまりにもベタに感想を書いてしまったが、要は、全部面白かった、ということっす(大汗)。
回読会とか円本とか、レトロ文化の中にも、メジャーに語り継がれていないものが、まだまだあるんだなあと、感じ入った次第。


それにしても、冒頭に書いた父の証言では、回読会(の形態のシステム)が少なくとも50年代まであったことになる。どういうことなのかよく分からないが、父の仕事は税務系だったので、専門雑誌の回読だったのかもしれないな、などと勝手に想像してみたりして..。

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Comments

 はじめまして。この本、積読状態だったのですが、記事を読んで「これは読まねば」と思いました。とても面白そうですね。うろ覚えになってしまいますが、舞台をヨーロッパに移し、さらに歴史をさかのぼると、読書といえば集団での朗読を意味していて、個人で黙読するようになったのは、近代以降だったみたいですね(で、その背後には印刷術の普及があると)。読書という日常的な行為ひとつをとっても、歴史的にみると意外な発見があって楽しいです。「雑誌回読会」の果たしていた機能は、現在だと貸本屋やマンガ喫茶が担っているのかも…。

Posted by: ebony | 2004.06.14 at 08:41 AM

はじめまして、コメントありがとうございます。

ちょうど今の学校のコース主任の先生が、書誌学や編集論の専門でして、「ヨーロッパの朗読」の話は聞いたことがあります。
(そういえば最近は「黙読するときに口が動いてる人」って、とみに少なくなったような...^^;;)


印刷術と本の出版、流通の関係を論じた本では、『はじめて学ぶ日本の絵本史』という全3巻のシリーズに、明治以降、印刷術の発展に伴って絵本の出版事情や表現がどう変化したかが詳しく書かれていて、出色のおもしろさでした。
1年くらい前に読んだのですが、あたらためて感想を上げたいな思っている本のひとつです。

ebonyさんのblogも大変面白く拝読しました。
『本コ』、私も読んでます(^^;;)
コメントつけさせていただきたい記事ばかりで、迷ってます(苦笑)。
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

Posted by: もんもんい | 2004.06.14 at 03:38 PM

 お返事ありがとうございます。『本コ』は熱心な読者というよりは、興味のある記事をぺらぺらと眺める程度です(なので、お恥ずかしいかぎりです…)。今後もちょくちょくお邪魔させていただきますので、よろしくお願いします。

Posted by: ebony | 2004.06.16 at 11:29 AM

You may feel a weak penis at the beginning of the exercise. Other things that can be used are lotion, creams, pills, Tarutao treatment, and old wives’ tales for cures (such as hypnosis). Of course, without sufficient zinc and magnesium, Tribulus can only yield subpar results.

Posted by: premature ejaculation after stopping antidepressants | 2014.05.29 at 01:33 PM

Thanks for sharing your info. I really appreciate your efforts and I am waiting for your next write ups thanks once again.

Posted by: http://4Share.ro/ | 2015.08.19 at 12:08 AM

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