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2004.06.30

『カラー版 20世紀の美術』末永照和監修(共同執筆)

タイトル:『カラー版 20世紀の美術』
著者:末永照和監修(共同執筆)
出版社:美術出版社
定価:2500円
初版:2000年6月
ISBN:4-568-40056-2

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美術に関心のある方にはおなじみの、美術出版社「カラー版」シリーズ。
その分野に入門する時はもちろん、私のように、うっかり分不相応な専門書を読んだりしてしまい、おのれの知識を再整理する必要に激しくかられ中...(大とほほ)な人にもありがたい(大汗)。

で、この本を手にした直接のきっかけは、左にリンクもあるが、『全体芸術様式スターリン』あたりの、ロシア・アヴァンギャルドの精神的な理論づけに関する本を読んでみたら、あらあら困った難しい...「レイヨニズム」って?「シュプレマティスム」って?....??? 私って、モグリだったのね(大泣)で、冒頭のようなとこに行き着いたわけだ。

さて、その効果の程はというと...確かにあるっす(笑)。
あくまで通史、つまり現在までの流れを時系列順、各芸術運動の関係性順で網羅してあるだけ(あ、だけとか言ったら悪いか・汗)なので、新しい学説が出てるとか、読むとインスパイヤされちゃうとか、そういうものでもないんだが、各芸術運動の間の連関性というか、何々主義は何たら主義から影響を受けて、さらに何とか主義につながっていった、みたいな因果関係は、とても分かりやすい。
付録で、美術運動の系統図がついていることから、この本の編集意図も、始めからそこにあったことが伺える。

そういう意味では、通して読んでまずは通史を把握、専門分野に入った後でも、手許に置いて用語事典代わりに使うことも出来そうだ。

余談だが、学校で「造形学概論」の課題で「芸術活動における『作品』とはどういうものか論ぜよ」というテーマが出たことがあった。
この本の文中に、思いっきりヒントのフレーズがいくつか載っているじゃないか!
わし、『講座美学』シリーズとか、渡辺護の『芸術学』とか、すっごい難しいの読んじゃって、提出まで1ヶ月半もかかっちゃったよ。
やっぱり、背伸びしないで、基本が大事なのね、何ごとも(泣)

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2004.06.28

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:6月第4週

●6月26日(土)信也、斉藤雅樹に今だに同情、お前は反ホリ○チなのか?(汗)

オープニングトーク。
勝負には勝ちっぷり、負けっぷりというものがあるが、最近の巨人の負けっぷりが気になる、という信也。
「先発投手がぽこぽこ打たれてしまい、これは何か内輪で事件でもあったのでは?と思わず勘ぐってしまう(うひゃ〜、いきなり毒!)、こういう時の投手コーチは大変だ。」
で、今日の解説は斉藤雅樹(笑)。
もうひとりの解説、関根潤三翁曰く、
「監督が代わっても投手コーチは代わらない方がいい、投手コーチは長くやらないと、選手のことがよく分からないでしょう」
との持論。
そこで信也、すかさず斉藤に激しくつっこみ!
「去年はどうして辞めちゃったの?残ろうとは思わなかったの?」
斉藤:「いや...、僕が良いコーチでなかったということなんでしょう...。」
信也:「じゃあ、いきなりポンですか?」
斉藤:「うっ、それは...、いろいろあって....(激汗)」
今週は冒頭から猛毒全開の信也(ポンって...)、先が恐ろしい...。

試合解説後、上原がペタのエラーを見て、思いっきり顔に出して怒っていたという話。
斉藤:「投手にしてみれば当たり前かも」
関根:「ピッチャーの資質としては、感情は顔に出さない方がいい、投手は、打たれた球を捕ってくれる野手にお世話になってるんだ、という気持ちで、いつでも悠然としているのがいい」
とそれぞれの持論。
信也:「この前堀内監督に、このままで大丈夫?と聞いたのだが、彼は『5割を切ったわけでないんだから慌てることはない、だれかがこの悪い流れを断ち切ってくれるだろう。』と言っていましたよ。」
そして、
「もし中日に走られたらどうします?と聞いたら、堀内さん『中日に走るだけの力はない』と言ってました。」
全員、大爆笑、ちゅか大失笑(...)。
あんたら、反堀内なのどっちなのよ(爆)

「ネット裏のひとり言」、今日の担当は斉藤。
阿部がケガで欠場しているので、村田善則が今後のカギになるだろう。昨シーズンは、親指を骨折したことをみんなに隠して試合に出続けた、根性のある男だ、頼りない投手陣を引っ張っていってほしい、との話。
信也、阿部の代わりに出てきた村田、根性があってえらい、とベタほめ。
そして、昨日は小田@石井江奈アナと夫婦、も出場しましたね、とさりげなく内輪ネタ。
「番長日記」だけじゃなく、「プロ野球ニュース」でも密かに有名人な、小田幸平であった...。

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●6月27日(日)信也、またまたMLB流がお気に召さないらしい

オープニングトーク。
今日は朝からMLBの「松井対決」をテレビ観戦したという信也(昨夜12時まで本番で、よく起きられたな...)。
またまたメジャーで「気になること」発見したとのこと。
何かと思えば、松井稼頭夫が、試合中ずっとガムを噛み続けている、松井秀喜やイチローは噛まないのに、観てて感じが悪いので、もう少しガムを減らしたら?
という「お約束の精神訓話」だった。
今日の解説は斉藤明夫と、リレーナイターから連チャンのとまぴょん苫篠。
斉藤、
「ピッチャーでガム噛んでる人は殆どいないねえ、外国人で噛みタバコ噛んでる投手はたまにいるけど、何か噛んでると力が入らないからね」。
(と思ったら、そのすぐ後の試合で、ロッテの投手のセラフィニ、ガム噛んでるやん...)。
とまぴょん曰く
「ガム噛んでると、外野で声を出すときに、ガムが飛び出しちゃうんですよ(笑)」。
信也、それを聞いて、何を思ったか
「飛び出して落ちたの、拾ってまた噛んだりしてね(ひとり爆笑)」
......。
それは進駐軍からガムを貰ってた信也自身の実体験かいっ!!!

セリーグの広島=横浜戦の前に、信也、斉藤に向かって、
「今日の試合は、横浜OBの斉藤さん、怒り狂ってます!!」
てか、放送人として、怒り「狂って」はイカんでしょう、信也!

試合解説の後、広島の黒田が故障で五輪出場が微妙だという話が出る。
信也、すかさず
「この後も、五輪代表からケガ人が出ないとも限らないんだから、この際、勝ちに行く、金メダルを絶対捕るという気持ちで、出せるチームからは何人でも出しましょうよ!!!」
もう、お前さんが監督やれや!!

「ネット裏のひとり言」担当は斉藤明夫。
広島の緒方選手の執念はすばらしい、10対3で負けていたのに、彼のファインプレイが大逆転を呼び込んだ、横浜は、勝つための執念をもっと出して野球をして欲しい、との話。
信也曰く、
「広島は、いつもキャンプから一所懸命やっているよね。でも、あんまり成績良くないんだよね」
今日もひとりでオチを付けてしまう、信也であった...。

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「Co-responses on borderline─境界線上に立って、互いに応答する/日韓女性のアートと心」

6月27日、前日に続いて「Borderline Cases - 境界線上の女たちへ」展の関連シンポジウム
「Co-responses on borderline─境界線上に立って、互いに応答する/日韓女性のアートと心」
が開催された。

会場の慶應義塾大学の三田キャンパスに着いたら、東側の入口が新しくなっていたのにちょっと驚いた。
が、そんなの眺めてる場合ではない、また時間に遅れているのだ(汗)。
が(笑)、結局20分くらい遅れてスタート。
トータルで70名くらいの聴講者がいただろうか。

司会とパネリストのみなさんは、下記の通り。
(サイトから引用)============
●司会・提題 嶋田美子(慶應義塾大学文学部講師/インスタレーション・版画作家)
●開催挨拶 前田富士男(慶応義塾大学文学部教授/美学美術史)
講演 
●レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授/女性学)
●池内靖子(立命館大学教授/演劇論)
●李静和(成蹊大学教授/政治思想)
パネル討論
●パク ヨンスク(写真家/韓国)
●ユン ソクナム(木彫作家/韓国)
●イトー・ターリ(パフォーマンスアーティスト/日本)
●笠原美智子(東京都現代美術館学芸員)
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さて、最初の講演は...、と、前日のように概要を説明したいところなのだが、実はそれどころでは無くなってしまったのだ。
会場で、前日道であった梨花女子大のお二人に、通訳が付いていないということがわかり、なりゆきで、急遽即席通訳をすることになった。
しかし、講演者が、日本語の資料を朗読しだしたり、「それでは引用の11を見てください、ここには...」と思ったら「もういちど引用の6に戻って...」みたいな語りのスタイルだと、こっちも資料見て訳して...ってやっていたら、訳がどんどん遅れていく〜!!(激汗)
しかも、私の知らない用語や、ハングルでの漢字語の読みが分からない熟語、知らない人名がわんさか出てきて、浅学の内実がバレバレでボロ出まくり(ベンヤミンのテキストが出てきたので訳したら、おひとりの専攻がまさにベンヤミンだった...ーー;;)、全然訳せない、半分勝手にあきらめ状態...。
それでも、お二人が「役に立ちましたよ」とお世辞にも言ってくださったので(汗)、ちょっとだけ救われた。

レベッカ・ジェニスンさんは、展覧会のテーマから、現在の世界の閉塞感、メディアの情報操作、大国主義への警告を、故テレサ・ハッキョン・チャの著書『ディクテ』や他のテキストの引用を用いつつ論じられた。
池内靖子さんは、この『ディクテ』の日本語版訳者であり、彼女の制作活動についても大変お詳しい方なのだが、チャの制作手法や、未完であった作品、影響を受けた映像作品などについて、まさに詳しく説明された(いや、聞いているだけならとても滋養になったであろう内容なのですが、通訳は大変でしたです。はい。)
李静和さんは、前日のオープニングを見た印象、またそこから想起された、自らの両親の歴史を語ってくださった。
会場のギャラリー「A.R.T.」の中で、女性の身体に入っていくような感覚を覚えた、これこそまさに「境界」なのだと感じた、と話しておられたのが印象的だ。

しかし更に問題が。
最初のお3方の講演だけで、早くも4時前!(汗)
パネル討論って出来るのかい?と思ったら、パネラー4名と、ゲストの韓国フェミニスト団体の方(お名前と団体名失念...分かり次第フォローします)のスピーチだけで、もう時間切れ。
でも、みなさんの挨拶がそれぞれにとても印象的で、展示を観ている人ならば、それでもう十分という感じになっただろう。
特に、イトー・ターリさんの、今回のパフォーマンス作品を作るまでの過程の話、ユン・ソクナムさんの、「こんなに予算のない展覧会は初めてだが、逆に開催までに向けたスタッフのエネルギーを強く感じて、この環境で展示が出来たことに感謝の気持ちを覚える」ということばが、心に残った。

この手のシンポジウムでは、会場が喧々囂々となるとか、ばっさりと尻切れトンボになることも少なくないのだが、今回は、会場一同が、何とはなしに共感の輪につつまれる...、という雰囲気ではなかったろうか。
#いや、単にツッコミどころが見あたらなかっただけかもしれないが(汗)。
それはそれで、今回のような、日韓や、またジェニスンさんのような研究者、アーティスト、活動家(変な意味でなく^^;;)の出会いと交流の場としては、十分その役割は果たされていたのではないかと思う。

それにしても、テレサ・ハッキョン・チャのことを、パネラーの誰もが口にしていたが、正直これまで殆ど名前を聞いたことがなかった。
しかし、この展示とシンポを通じて、その作品や生涯はとても興味深いものがあるらしいと分かったので、これから機会あるごとにいろいろ資料に当たってみようと思う。


#シンポジウムの本筋と関係ない話での感想だが、久しぶりに大量通訳して普段使わぬ頭をフル回転で使ったり、いろんな人と話してみて、とても楽しかったけれども、すこし疲れてしまった。
こんな貴重な出会いの場を、でっかくがっちりと受け止めて消化できる、体力的、精神的なパワーを持てるようになりたいものだ。

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2004.06.26

「Borderline Cases - 境界線上の女たちへ」展オープニング

今日は、表題の通り「Borderline Cases - 境界線上の女たちへ」展のオープニングイベントがあり、私も行ってきた。

オープニングパフォーマンスは夕方5時からだったのだが、家を出るのにもたもたしてしまい、会場のある恵比寿の駅に着いたのがちょうど5時...。
あわてて駒沢通りを小走りしていたら、地図を見ながら歩いている、韓国人らしい女性の二人組がいた。
「いっしょに行きましょうか?」
と声をかけ、話しながら歩いていると、ひとりは梨花女子大の研究者、もうひとりは「韓国女性映画祭」の企画をされている方で、出展作家のパク・ヨンスクさんのお友達だった。
わし、気軽に声かけすぎ...(汗汗)。

会場の「A.R.T.」に着くと、もう最初のイトー・ターリさんのパフォーマンスが始まっていた。
パフォーマンスの内容や印象を、文字で書くというのは難しいのだが、人の内面にある恐れやとまどい、ユーモアや怒りを感じさせてくれる、すばらしい構成だった。
少し間をおいて、高橋芙美子さんのパフォーマンス。
自分の体の部位を、紙で魚拓のように取っていき、それで身体像を構成し、最後にトルソと自分の体をギャラリー前の路上に、ディスプレイのように晒す。
そこはかとないユーモアとアイロニー、毅然さが印象にのこるパフォーマンスだった。

地下のパフォーマンス会場を片づけて映像作品を設置している間に、1階ではパーティが始まった。
写真家のパク・ヨンスクさんを紹介されたが、この方、実は私が留学時代、ソウル市立美術館(移転前)で行われた市民講演会で、講演をされていた方だった!
そのことに気が付いて、お互い「縁が深いですね〜」と大笑い。
大変気さくで明るく、周囲の雰囲気を楽しくしてしまうパク・ヨンスクさん、ますますファンになってしまった。
今回は、尹錫男(ユン・ソクナム)さんも来場されていた。木像の作品は有名だが、今回「母は19歳」というドローイングと文章を合わせた小品のシリーズも出品されており、それがとても心を打った。

出光真子さんの映像作品は、太平洋戦争時代の映像を使いながら、この状況を現在の日本社会の危うさと重ね合わせて見せている。
映像を観ること自体ももちろん、少し下がって、映像と、それを観る人たちの影を一緒に観ると、まさに「過去」と「現在」の関係性を表したインスタレーションのようにも見える、さまざまな意味を感じさせてくれる作品だった。
嶋田美子さんは、今回は「家族の秘密」というテーマで、来場者が自分の家族の秘密をこっそり書き(もちろん個人を特定できる表現は外して)箱に入れ、作家がそれを定期的に開けて、メッセージボードとして制作し引き出しにしまっていく、という作品を出している。
正直、嶋田さんの作品には、ちょっとストレートすぎて、いわゆる「右脳」より「左脳」で観てしまうような印象を持っていたのだが、今回のような参加型の、これから動き始めるような作品は、なかなかに面白そうだ。

あまり大きくないスペースで、参加者も女性が、また日韓に関わりのある人が殆どだったのだが、会場はなかなか盛り上がっていて、明日のシンポジウムも楽しみだ。
今日はひとまず第一報でこのへんで...。

#個人的にも、久しぶりに韓国語たくさん使って、いろんな人と話せて楽しかったな。
ご覧の通り、最近ブルーになることが多いのだが、前向きな気持ちになれた1日だった。


展覧会情報のURL:
http://home.interlink.or.jp/~reflect/borderlinecases/

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2004.06.23

イラクでの韓国人人質殺害に思うこと

このニュースの日本第1報に触れたのは、昨夜3時前だった。
韓国番組を放送するCS「KNTV」では、夜9時のKBSニュースを、深夜1時半から再放送する。
で、それを観ていた私は「キム・ソンイル氏の生存を確認」という情報を聞き、テロ集団側のいう最終期限がまだ延長されているのだなと、少し安心した。
その放送の跡、「JNNニュースバード」にチャンネルを変えて観ていたら、下の字幕に「キム・ソンイル氏の遺体を確認」という文字が流れた...。
とるものとりあえず、左の通りサイドバーに書き加えたが、コメントは翌朝のKBSニュースを観てからにするのがいいと思い、今録画したそれを観ながら書いている。

このニュースについては、既に多くの方がコメントし、政府の対応について、また追加派兵の是非を論じておられるが、私はまだ、能力的にも感情的にも、そこまで整理が付いていない。
私ができるのは、私の今の感情、韓国の人たちがどう受け止めているかを推し量ってみることくらいだ。

kBSの報道によれば、キム・ソンイル氏は、神学校で宣教師の資格をとり、韓国外語大でアラブ語を専攻、途上国で奉仕活動をしながら布教をするのが夢だったそうだ。
家族や周囲の人のことばにも「自分を犠牲にして困っている人を助ける性格」「純粋で勉強熱心」という人物評がでてくる。
大学院進学の学費を稼ぐために、昨年6月貿易会社のスタッフとしてイラク入り、7月には父親の70歳のお祝いのために帰国する予定だった、とのこと。
#日本では「貿易会社の社員として駐在中」程度にしか報道されていないが、これじゃ全然彼の「心」が見えてこないじゃないか。もちろん、どんなに狡猾な人間であっても、テロの犠牲になることは等しく悲惨なことだが。

韓国のネット上は、このニュースに関する書き込みでいっぱいだ、とニュースでも紹介されている。
政府の責任を問う声、そして、イラクへの怨み、復讐を叫ぶ声...。
キム・ソンイル氏の実家の近くでは、「韓国とイラクは友人」と書かれたボード、イラクの国旗が飾られていたのだが、涙ながらにそれを剥がし、踏みつける人たち。
そして「殺戮の連鎖を止めなければ」とアピールする人たち。
キム・ソンイル氏が生存していた時点では、世論調査で、イラク追加派兵の反対意見は、約70%に上っていた。
しかし、もしかしたらだが、この事態の反動で、派兵賛成派が一気に増加するかもしれない。
イラクを巡る韓国の世論は、ますます混乱していくだろう。
そのことで韓国の人たちが対立し、争いあうのを、また見続けなければならないのだろうか。

朝9時半から、「大統領の談話」が発表された。
廬武鉉大統領が話した時間はほぼ2分。
「故人の冥福を祈る」「テロとは断固として戦う」「派兵はあくまでイラクの復興支援だ」要約すればそれだけだ。
いつからそんな、ブッシュや小泉みたいな賢しい物言いを覚えたんだい、情だけは誰にも負けず厚い人だと思ってたんのに...。
ブッシュもブッシュだよ、「野蛮な犯罪」って、人間を「野蛮」なんて平気で言える、その高飛車さが全ての原因なのにさ。

ここからはかなり内的なことだが、この前、スペインの列車テロの時、また、イタリア人の人質が殺されたとき、私はスペイン、イタリアの人たちが、どのように衝撃を受け、悲しみ、国内がどう混乱したのか、殆ど実感を持つことができなかった。
韓国が私にとって特に親しい国だから、現地のニュースを直に観る環境にあるからこそ、私はここまで動揺している。
一方、今日の日本のテレビに目を転じれば、このニュースも、だれそれの離婚だの、年金でどうのと、そんな話題のなかのひとつに過ぎない。
結局人は、自分が関心のある、思い入れのあるものにしか、反応できない存在なのだろうか。
#あるいは、ものすごくうがった見方だろうが、多国籍軍云々言ってるご時世、イラクでだれか殺されたなんていうニュースで、日本市民の同情を引いてはいけない、という「お約束」になっているのだろうか。

最後に、彼が人質に取られているときから感じていたが、こういう時、自分の「祈りのことば」を持っている人は幸せ(こういう時にあまりいい表現ではないが...)だなと思う。
韓国の「帰国祈願デモ」では、キリスト教や仏教など、宗教を越えて人々が集まり、祈りを捧げていた。
そしてこんな事態になれば、故人の冥福を祈ることばが、祈る本人にとっても、悲しみを消化させてくれる、心の支えになってくれるだろう。
私は一応浄土真宗の寺の家系だが、そこまで自然に、仏教での祈りの言葉は、でてこないから...。

そんなとき思い出されるのは、「うに」さんのくれた「絶望を拒もう」という言葉
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/05/post_9.html
だ。
私は今、ただ唇を噛みしめて「ぜつぼうをこばもう」とつぶやき続けることしかできない。
だけど、こうすることで、韓国の人たちとともに(いや、「ともに」なんて軽々しく言ってはいけないのだが、それでも)、この理不尽な事態を、じっと堪えていたい。

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2004.06.21

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:6月第3週

●6月19日(土)近オリ合併問題を語る信也、彼の「経歴」が生かされるか...?(謎)

オープニングトーク。
もちろん話題は近鉄オリックスの合併問題。
信也、今週はこの問題に関連して、いろいろ取材されて目が回るほど忙しかった、とのこと。
なんで信也が取材「される」ねん...?また自慢かないな?(笑)と、思ったら、
「私のプロ2年目に、パリーグが、7球団になってしまったんです。それで、余った1チームが4日間休みを取れるんですが、その間の練習が、真夏で暑くて疲れて、本当に嫌だったんです!」
と、おのれの過去を暴露。
要は、昔話の貴重な語り部として、あちこちお呼ばれしてたのね...。
今日の解説は斉藤明夫と、とまぴょん苫篠。
斉藤曰く、昔はその休みのおかげでピッチャーの登板間隔が長くなり、今考えると到底無理なローテーションが組めたのでは?とのこと。
しかし、今の状況だとピッチャー余りすぎだよね、と落とす信也。

パリーグの試合解説が終わった後、合併問題の話のつづき。
このままずるずる合併して、来期は5チーム、いずれは1リーグ、という流れに対して、既にあきらめムードが漂っている現在の世論、それじゃいけないんじゃないの?と指摘する信也。
「命名権売却の問題も、近鉄が資金繰りの努力をしたからこそのことだろう。他のチームは、果たしてそこまで努力したのかい?いま大事なのは、近鉄を存続させる努力を球界全体することじゃないのか?広島のように、市民球団として存続できないものか...。」
と熱弁。
たまにはいいこと言うじゃん、信也〜。
#あ、そりゃ「トン○ユニ○ンズ」みたいなチームにいれば、いろいろ大変な経験もしたよね(こらこら)。

セリーグの巨人=阪神戦、信也、
「どうも東京ドームでは、『飛ばないボール』を使い始めたみたいですね、うっしっし」。
前からさんざんさんざんさんざん......言ってたもんね、その話...。

「PLAY OF THE DAY」のあと、信也と斉藤で、ピッチャーの足下に飛んでくる早い打球はこわい、見えにくいので反応が遅れてしまう、という話になる。
危険手当を出したら?ネット持参とか?と信也。
あんた、本気で心配しとるんかい...。

「ネット裏のひとり言」、今日の担当はとまぴょん。
最近、斉藤さんに誘われてパチンコに行くのだが(おいおい)、パチンコ店って儲かっている、お客さんがたくさん来てるな〜、と思う。
その原因は、やはり新しい台をたくさん入れ替え、常に営業努力をしていることであろう。
野球に当てはめて考えると、活性化のためには、トレードをたくさん行って、チームに新しい地を入れることが必要なのではないか。
というお話。

その後のまじめな対話...。
信也:球界の規模が縮小されれば、当然、解雇される選手やスタッフがいる、スカウトさんなどは、いまどんな気持ちでいるだろう。できるだけ、球界からあぶれる人たちを出さないような対策を、球界全体で取り組んでほしい。
斉藤:そういう、球団周辺で働く人たちのことまで、経営者は考えてやってるのだろうか?
信也:50代のスタッフたちの新しい雇用のためにも、球界を活性化しなければ。
とま:ファンの目を引く、魅力あるチーム作りをもっと真剣に考えないといけない。
斉藤:試合前のサインなど、選手とファンが交流できるような営業サービスをもっとやるべきだ。
信也:今日のオリックスの本柳投手のような、一所懸命で気持ちのいい選手がいれば、だれでも応援したくなる。そういう意味では、横浜は今期とても一所懸命やっている。

ここまで、エンディングテーマぎりぎりまで話して、今日はおしまい。
この状況では、あんまりおふさけもできないよな〜、そりゃ...。

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●6月20日(日)あの〜ここは『プロゴルフニュース』じゃないんで...。

オープニングトーク。
巨人の須藤ヘッドが、努めて選手と対話をするようにしている、監督にもそのようにアドバイスした。
巨人の雰囲気は、そのころから良くなったのでは...?と信也。
#もしかして、前に俺がTVでそう言ったじゃん〜!ってプチ自慢か?

今日の解説は平松とデーブ大久保。
ロッテ=ダイエー戦の解説で、ダイエー吉本の激しい空振りを観た平松、ひとこと
「振りすぎ。」
...。
その後の話題は、決勝HRのイ・スンヨプについて、もっと本音を聞きたかったのだが、インタビューがありきたりのフレーズで残念、という話。
(個人的には、出演者の言動以外にツッコミは入れない方針でやっているが、今日のスンヨプのインタビューの字幕はちょっといただけなかったぞ。意訳しすぎて発言のニュアンスが正しく伝わってないよ...)

試合解説、「PLAY OF THE DAY」、メジャー情報の後、松井稼頭夫の打撃不振についてしばしマジ語り。

「ネット裏のひとり言」今日の当番はデーブ。
ところが、かろうじて阪神の現状にかこつけたものの、要は全部ゴルフ(全米オープン丸山がんばれ)の話!
もちろん、その後はデーブのトーナメント参加の話になる。
信也:「いつプロのトーナメントで予選を通過するか、僕は待ってるんだけどね。」
デーブ:「優勝ねらっちゃいますよ!」
信也:「その前に借金返さなきゃ」(笑)
平松:「デーブの飛距離はホントにすごいんだけどね〜あとは、頭を使うことなんだよね」(爆)
信也:「デーブがトーナメントに出ると、スポーツ新聞で、順位を下から見るんだよ」
デーブ:「もう、名前を『ボギー大久保』に変えたくなっちゃった。(泣)」
平松:「もうこの際さ、上を狙うとかそういうこと言わないで、『俺は下の方でがんばる』って、そのくらいのりらっくすした気持ちで行かなくちゃ」(毒...)
デーブ:「僕よりスコアが下の人が、初日で棄権するのに?」

てな感じで、最後はなんだかんだで、ゆる〜く終わってしまう、週末であった...。

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2004.06.20

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:6月第2週(おまけつき)

●6月12日(土)信也の好物は、黒鶏参鶏湯だった!!(てか、韓国野球も見学して来い!)

オープニングトーク。
信也、先日ソウルに遊びに行って、うまい物を食べまくったらしい。
(このご時世に勇気あるっちゅうか...、いや、私も誘われたらいつでも行くけどね^^;;)
中でも印象に残ったのが、黒鶏の参鶏湯だったとこと。
それを、今日西武ドームでにイ・スンヨプに話したらとても喜んでいた、お互い片言の英語だったけど、それでも意思が通じると面白いね、とご機嫌信也。
ちなみに、スンヨプが好きなのは焼き肉とのこと。
話は変わって、村田辰美、最近階段で転んで肋骨を折ってそれが肺に刺さったという(うう゛)。
一週間入院したのに、明日ゴルフに行くらしい...。

近鉄=日ハム戦、岩隈の好投を見た信也、
「岩隈は、これでオリンピック当確ですね〜」
お前が決めんな!!(決めるのは大野さんだろ!)

全試合の解説が終わったところで、優勝争いの話。
3人とも真面目に語っているが、このメンツで真面目に話されると、ある意味期待はずれなんだが...。

「ネット裏のひとり言」今日の担当は村田。
阪神の不振について語る。
ところが信也、いきなり大家@エクスポズが骨折した話に持っていってしまう。
村田曰く、自分も指に球が当たったことがあるが、我慢して投げていたら骨折になっちゃった、とのこと(汗)。
「階段から落ちて骨折する人もいるし...。」
と、容赦なく突っ込む信也。

しかし、こうしてのんびりと?信也が語っていられるのも、今日が最後になってしまうとは...。

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●6月13日(日)近鉄オリックス合併話で、スタジオも風雲急を...

オープニングトーク。
近鉄オリ合併のニュースに、さすがの信也も驚きを隠せないようす。
今日の解説は、ちょうど二人とも、近鉄OBの金村義明とまたまた村田辰美。
「経費節減で何とかならないかしら?新幹線も普通車に乗るとか、僕らの時は普通車に乗ってましたよ。」
と金村に訴える信也だが、
「それじゃ選手がかわいそうです。近鉄に入る選手がいなくなります」
と一蹴。
そりゃ、信也の時代と比べちゃかわいそってもんだ(泣)。
そこでと、信也
「両球団の経営者、根回しが下手すぎですよ〜。」
とあっさり方向転換。
どうするべきかと、3人でひとしきりケンケンガクガク...。

試合解説とメジャー情報、ホームランとさくさく終わり、金村の「ひとり言」。
話題はやはり近鉄オリの合併話。
現役時代、また取材を続けながらも、何かとケチ体質を感じてきたが、今日の会見で、また選手やファンをないがしろにしていると思えてがっかり、寂しいなと。
さすがの金村も、あまりボケてられないよな、これから...。

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おまけ
今週は更新が大変遅れてしまったので、おまけをひとつ。
6月11日(金)、巨人=広島戦の試合解説後、関根潤三翁、思わず力が入って、
「今日は、本当に息詰まる、球場のみんなが一体になった、すばらしい試合でした!」
と興奮気味に語る。
司会の大矢もそれに応え、
「そうですね!こういう試合が毎日できると、球場にお客さんがもっと集まりますよね」。
そこで関根翁ひとこと、
「できません!」
スタジオは吉本新喜劇の一斉コケ状態....(大汗)
「いや、こんな大変な試合、めったにできるもんじゃありませんよ」。
大矢、やっと立ち直ってひとこと
「今日は関根さんのトークに翻弄されっぱなしで...」
もう、関根翁ったら、おちゃめなんだからん〜(はあと)

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2004.06.14

『モダン都市の読書空間』永嶺重敏

タイトル:『モダン都市の読書空間』
著者:永嶺重敏
出版社:日本エディタースクール出版部
定価:2600円
初版:2001年3月
ISBN:4-88888-310-6

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先の記事でも触れたが5月末実家に行く用があって、そのついでに父親に「ねーねー、雑誌回読会って、知ってる?」と訊いてみた。
あまり詳しく返事してくれなかったが、「そういえば俺もやってたな、でも、読みたい雑誌がうまく回ってこないから、すぐ辞めた」とのこと。
多分、昭和30年代前半の話のようだ。

で、この「雑誌回読会」という流通システムを、私の人生35年(汗)、生まれて初めて目にしたのが、この本だ。
個人的には、モダンレトロ文化関係は結構好きで、前の『絵とき百貨店「文化誌」』みたいな本も良く読むのだが、それにしても、まだまだ1920、30年代は、奥が深い...。

この本は、戦前の日本において、各社会階層のひとたちがどのように、「読書」という行動を取っていたのか、またそれが出版・流通のシステムとどのように関連していたのか、を調査研究したものだ。
まず興味を引いたのは、著者のデータの取り方だ。
戦前の「東京市」内の各区の住民データ、また施設データなど、一見ごく普通の?行政の記録や、書籍小売組合などの組織の記録を組み合わせて、「下町」と「山の手」の読書行動の違いを解き表してみせる手法には、ひたすら感嘆した。
また、当時の出版業界のトレンドが、震災以降の東京の拡大と、それに伴う「電車通勤」の一般化によって、「通勤時の読書」という新たな読書行動を生み出したことに、大きな影響を受けているという指摘が、大変面白かった。

でもって、その中で大正〜昭和初期まで全盛だったのが、「雑誌回読会」という「読書装置」(筆者は、図書館など、大衆に読書を提供するシステムをまとめてこのように称している)だ。
そのシステムは、一言でいうと「登録会員制雑誌貸本配達システム」で、回読会(というといかにもインディペンデントな会のようだが、実際は会社組織)が数十種類の雑誌を予め用意し、会員はその中から読みたい5誌なり8誌なりを選んで登録すると、3〜4日おきに配達人が回って来て、契約通りに本を取り替えて供給する、というものだ。
筆者は、この回読会の営業記録を元に、会員となった人々の読書行動を分析している。
さらに、回読会が月遅れになった雑誌を地方へ低額で卸売したことが、結果的に都市部以外の低所得層にも、読書の機会を与えたことを指摘している。
しかし、当然ながら、回読会の貸本、古書卸売は、出版業界・小売業界と対立し、裁判に発展した。
この辺のくだりは、殆ど昭和初期版『だれが本を殺すのか』の世界で(笑)、本の流通の問題って、根が深いのね〜と改めて感じた。

また、『文藝春秋』の創刊から、日本トップクラスの発行部数を誇る雑誌に成長した過程を追い、同時にその読者がどのように『文藝春秋』を読んでいたのかを描いている。
『文藝春秋』の発行人である菊池寛が、最初は道楽で始めたつもりが、好評に乗じて、バンバン広告を打ちまくり、売れる雑誌を作るために血眼になる(彼の書いた広告コピーの数々が強烈でツボ!)さまが、妙に笑える。
さらに、当初の『文藝春秋』は、低学歴階層よりの大衆誌『キング』との差別化を図った「知的な」文芸誌を目指していたのが、部数が増えるにつれて、読者層がだんだん『キング』とかぶってしまうあたりが、雑誌、あるいは本の大衆化を意味しているのだと、著者は指摘している。

本書の中では、雑誌だけでなく、いわゆる「円本」として知られている、昭和初期の全集ブームについても、興味深く論じられている。
「円本」、つまり当時の廉価版「●●全集」の類いは、古今東西の名作や学術書(マルクス全集とか!)を、総ふり仮名に改版し、シリーズとして1冊ずつ配本する、というシステムだった。
著者は、この円本ブームが、都市の新しい住宅に住む世帯〜生活道具などの基盤を新たに整える必要のあった〜に、まとまった「蔵書」を提供するシステムであったと指摘する。
また、総ふり仮名によって、読書の大衆化に拍車をかけ、また労働者層にも、マルクスなどの社会理論を読ませることになったと推察している。
ちょうど先日、昭和の初めに岩波から出版された「夏目漱石全集」の一巻を手に取る機会があったのだが、それが総ふり仮名で、「おお、これが円本というやつか!」とひとり感心してしまった(苦笑)。

序章から結びまで、あまりにもベタに感想を書いてしまったが、要は、全部面白かった、ということっす(大汗)。
回読会とか円本とか、レトロ文化の中にも、メジャーに語り継がれていないものが、まだまだあるんだなあと、感じ入った次第。


それにしても、冒頭に書いた父の証言では、回読会(の形態のシステム)が少なくとも50年代まであったことになる。どういうことなのかよく分からないが、父の仕事は税務系だったので、専門雑誌の回読だったのかもしれないな、などと勝手に想像してみたりして..。

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2004.06.13

「浅川伯教・巧兄弟資料館」に行ってきました。

先の5月30日、山梨県高根町の「浅川伯教・巧兄弟資料館」に行ってきた。

ご存じの方も多いと思うが、浅川伯教・巧兄弟といえば、朝鮮工芸の研究の先駆で、民芸運動の柳宗悦らとの交流などの活動はもちろん、当時の朝鮮民衆を愛し深く理解しようとつとめており、私も不遜ながら、地元の大先輩として(...)、個人的に尊敬申し上げているお二人である。
高根町は浅川家の地元で兄弟の出生地でもあり、町内に残る生家などの史跡と同時に、彼らの業績も観られるようにと、この施設が造られたわけだ。

実は、5月末に甲府の実家へ行く用があったのだが、実家の両親が「来るならついで資料館に連れてってくれ」と、われわれ夫婦に、そのために埼玉から「車で(電車でなく!)」来いと、ずうずうしくも要求して来たのである。
(大体、山梨に住んでいて、70年近く自家用車なしで暮らしてるというのが、そもそも間違ってるぞ!・笑 )

で、朝イチで甲府市内から資料館に出発したのだが、一般道で混んでおらず、土地勘があれば甲府から約40分、他地域からの場合は、中央高速で長坂インターから降りて約5分くらいで着いてしまう。
#バスだとどうかな? 多分長坂駅か清里駅から 高根町役場行きのバスがあるとは思うのだが...。

資料館は、「高根町生涯教育センター」という、町立図書館、郷土資料館との複合施設のなかにある。
なので、あんまりゴージャスなものを想像して行くと、少々ナニなのだが(汗)、一応、広い一室のなかに、二人の年譜や朝鮮での活動が、映像資料などを交えて展示してある。

建物と展示の各装置はまだ新しく、特に何編かある映像の展示は、各5分ほどで良くまとまっていたと思う。
また、朝鮮の白磁や青磁、特に巧が研究した民具の類も、直接彼らが収集した物でないのだが(...)展示されており、「白磁とは何ぞや?」「竹夫人とは何ぞや?」といった方にも親切な展示にはなっている。
しかし反面、本人のコレクションが観られると期待していくと、ちと肩すかしを食らうかもしれない。
というか、逆に収集が体系的でない分、観てて混乱する恐れもあるし...。

あと、兄弟が触れた当時の朝鮮の家庭生活を再現した、というジオラマ展示があるのだが、どう見ても昭和初期の朝鮮民衆じゃなくて、朝鮮時代末期の両班階級のそれだろう!!
大体、昭和初期の朝鮮なら、都市部の富裕階級は洋装化してるって!(苦笑)
と、思いっきり突っ込みたいところもあったりなんかして...。
ただ、巧の日記がまる2年分くらい、複写が綴じられていて読める状態になっているなど、そういうところはなかなか感心したけど。
(でも正直、展示室内で2時間くらいかけて日記全部読むのはつらい...)

いろいろ文句タレしてしまったが、そうは言っても、浅川兄弟に関心のある方なら、一度訪れてみる価値はあるのではと思う。
あと、向かいの部屋の「郷土資料館」がいわゆる観光型でなく、地域教育型の資料館にしては、わりあいに凝っておもしろい展示になっていたので、予想外にハマって見入っててしまった。

ここだけ!と意気込んで観に行くと、近くに何もないのでちと辛いが、清里駅近くや、有名な清泉寮なども併せて、また県内他所も併せた泊まり観光のコースに入れるのなら、なかなか良いと思う。
展示解説などは、常時行ってはいないが、高根町役場に連絡先がある「浅川伯教・巧兄弟を偲ぶ会」に問い合わせれば、その辺も応相談らしい。
また、月曜の休館日以外にも、月末の平日に、整理のため1日休館するそうなので、月末の平日に訪れる予定の場合は、休館日をあらかじめ確認しておくとよいだろう。


「高根町生涯教育センター/浅川伯教・巧兄弟資料館」URL:
http://tkn.yatsu.gr.jp/kiyosato/center/index.html

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2004.06.10

「Borderline Cases - 境界線上の女たちへ」展のお知らせ

えー、日韓の女性アーティスト7名による企画展「Borderline Cases - 境界線上の女たちへ」のお知らせをば。

前にちらと書いた、私のお世話になっている「お姉さん」が企画に入っておられまして、私も不束ながらお手伝い(おじゃまか...)をさせていただくことになりました。

韓国からの出展作家のなかでも、尹錫男さんは、96年に国立近代美術館で開かれた「90年代の韓国美術から — 等身大の物語」展にも出展されているので、作品をごらんになった方もいるかもしれません。
またパク・ヨンスクさんは、2002年の「光州ビエンナーレ」のプロジェクト3に、「マッド・ウーマン」という写真シリーズを出展されています。
今回も、期間中に日本で制作を行うそうです。

会期中には、パフォーマンスやシンポジュウムも開かれますので、みなさま是非足をお運びくださると嬉しいです。

それでは開催案内をざっくりと...。
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Borderline Cases - 境界線上の女たちへ 
2004年6月26日(土)-7月17日(土) 11:00-19:00(月曜休廊)
会場: A.R.T.
東京都渋谷区恵比寿南2-12-19

□6月26日(土)17:00-19:00 オープニング・パフォーマンス
(イトー・ターリ、高橋芙美子)
入場料:2000円(要予約、Fax 03-3207-0856 PA/F SPACE)
20:00- オープニング・パーティー

□6月27日(日)14:00-17:00 シンポジュウム
「Co-responses on borderlinー境界線上に立って、互いに応答する/日韓女性の アートと心」
場所 慶應義塾大学 三田キャンパス 北館ホール(参加無料)
〒108−8345東京都港区三田2ー15ー45  電話: tel.090-8844-7079(嶋田)
李静和(成蹊大教授、政治思想)、池内靖子(立命館大教授、演劇論)、レベッカ・ジェニスン(京都精華大助教授、女性学)、笠原美智子(東京都現代美術館学芸員)、パク ヨンスク(写真家/韓国)、ユン ソクナム(造型作家/韓国)、イトー・ターリ(パフォーマンスアーティスト)
主催:慶應義塾大学21世紀COE人文科学研究拠点(表象B「芸術学」班)
   Borderline Cases実行委員会

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展覧会情報のURLはこちらです。
http://home.interlink.or.jp/~reflect/borderlinecases/
アクセスは面倒〜、という方は、「続きを読む」の方に、プレスリリースを掲載していますのでお読みくださいませませ。

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2004.06.09

『美の巨人たち イ・ジュンソプ』5月29日放送分

かなーり前の話で恐縮だが、去る5月29日、『美の巨人たち イ・ジュンソプ』を観た。
私の知る限りは、この番組で朝鮮半島の作家を取り上げるのは、初めてだ〜、と思って、番組のサイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
で調べてみたら、本当にそうだった。
実際、番組中に出てくるお約束の「語り部」にも、
「日本人は韓国の文化を殆ど知らない、ましてや イ・ジュンソプ などという作家を知る人が一体何人いるだろう...」
と言わせていた。
おいらも心で「そーだ!」とつっこんだ(笑)。

イ・ジュンソプは、韓国では「国民画家」といわれる代表作家のひとりに数えられている。
もちろん、私も彼の作品の大ファンだ。
特に番組中でも紹介された、家族、蟹などをモチーフにした作品のシリーズが気に入っていた。
しかし、正直なところ、今回のテーマ作品である『黄牛』をはじめとした「牛」のシリーズには、それほど関心がなかった。
静岡県立美術館で99年に開催された「東アジア/絵画の近代−油画の誕生とその展開」展に、牛シリーズの1点『白牛』が展示された時は会場で観ていたが、彼が「牛」というモチーフに格別の思いを抱いていたことは、恥ずかしながら、私もこの番組で初めて教えられた。

番組では、短い時間の中で、彼の生い立ち、日本との関わり、解放から朝鮮戦争に至る流転生活が、丁寧に描かれていたと思う。
彼が朝鮮半島の民衆、その悲しい現実と、苦難を乗り越えようとする生命力に寄せる思いは、牛−朝鮮半島に土着の「韓牛(ハンウ)」−の姿に託されていた。
また、彼の家族に対する愛情、平和なくらしへの願いは、蟹と子どもの小品シリーズに表されている。
これも、朝鮮戦争で済州島に疎開していた時、海岸で小さな蟹を捕って食料にした、という彼の辛い体験に基づいているという。
彼は日本留学時代に知り合った日本女性と結婚し、朝鮮(現在の韓国地域)で暮らしていたが、朝鮮戦争が激しくなったことで、妻子を日本に渡らせ、晩年は孤独だった。
そのギリギリの状態で描かれたのが、『黄牛』だったそうだ。
番組中では、東京在住のイ・ジュンソプの息子にも取材し、彼が家族に送り続けた手紙も紹介された(これは日本でも有名だが..)
イ・ジュンソプという、一人の朝鮮人画家を通して、数十年前の朝鮮にあった、熱いクリエイティブ魂を紹介したことももちろん、あの当時、日本と朝鮮を越えた家族愛があったことを表現してくれたのも、この番組の成果のひとつではないかと思う。

全体に、個人的にはよくぞここまでやってくれました!と涙がちょちょぎれる(まじです)ほど素晴らしい構成だったが、またまたひとつだけ文句タレをば。
番組中で「国立現代美術館」と紹介されていた、徳寿宮の美術館ですが、実際にはソウル郊外の「国立現代美術館」の「分館」という扱いになってます。
ちなみに、大まかには本館は現代作品、分館は近代作品、と展示が分かれているので、ここに行ってもナムジュン・パイクの作品は、多分、ないです(汗)。


#それでも、個人的には「蟹と子ども」シリーズの方が好きなんだけどな...。
そこには、やっぱり「牛」に対する朝鮮民族独特の、無意識的なイメージなり、思い入れがあるんでしょうね。

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学校は、無条件に楽しいところではない(たぶん)

先週の佐世保の小学生殺人事件、個人的には、時事ネタに逐一反応するblogは目指していないのだが、それでもいろいろ思うところが多いのは、私も人並みに?小学生であったころの葛藤やトラウマを持っているからだろう。
こういう事件の場合、大抵少年犯罪やら少年法が云々...、という話がでてくるものだ。
しかし今回の場合、世論が単純にそこへ至らないのは、小学生生活、あるいは一般的な任意の集団生活にある葛藤が、報道に触れた一人一人のなかで、痛々しく再生されているからではないだろうか。

個人的な話だが、私は、特に小学生の頃、どちらかというと集団生活になじめないタイプだった。
手前味噌だが勉強はそれなりにできる方で、生活態度も真面目ないい子だったが、行動はトロい、運動神経ゼロ、偏食で給食が食べられないなど、クラスで厄介者扱いされる要素的にはビンゴ状態(苦笑)。
先生には好かれる方だったが、好きな先生はいなかった。
というか、内心、罰掃除やお説教のない穏便な学校生活のために、先生を上手にあしらうのも、なかなか骨が折れると思っていた(苦笑)。
あと、旧市街の中規模校という、微妙な立地の問題。
私の通った小学校は、2年の時に学区変更があって、児童数が半分に減った。
私の学年は1クラス30人ずつ3クラス、その下は40人ずつ2クラスだった。
クラス替えをしたところで、新しい友達と新しい人間関係を築くのは難しい。
失敗や争い、葛藤をリセットできないまま6年間を針のムシロの上で過ごすか、「世渡り」に人生をかけるか、どちらかが関の山だろう。
このくらい、あるいは事件のあった学校のようにそれ以下の規模だと、親同士もほとんどPTAで顔見知り、親の職業や行状、生活状態も筒抜けで、それが子どもの人間関係に影響することも少なくない。
こういう濃密な環境で(しかも学校だから、会社のように外部の社会ともあまり接触しない、内向きの状態で)6年間、1日の1/3の時間を過ごし続けたら、そりゃ、大人だってストレスがたまりやすくなるってものだ。
だいたい、小学校6年間の間で、本気で級友を憎んだことが「ない」人って、いるんだろうか?
私はあるよ、何度も、加害者の子みたいに、からかわれてマジ切れしたこともあるし。
このケースの問題は、その誰にもあるはず?の「憎しみ」が、なぜ殺害という極端な行動にまで暴走したのかが、ポイントになるのではないか、と思っているのだが。

で、そう考えると、学校、特に、自分の意志で選択できずにしかも一番長い6年間を過ごす、「小学校」という場所は、ともだち100人できるかなとか、ピッカピカのナニとか、そんな能天気で、通うだけで無条件に楽しい場所なんかで、あるわけがない!
むしろ、そういう幻想を就学前児童に抱かせること自体、無責任なんじゃないのか?「義務」教育であれば、なおさら。

前に、うちの父が不登校関連のニュースを観ていて、普段クールな彼が
「不登校なんぞ贅沢だ!俺たちの頃は、疎開先でも、青空学級でも、学校に行けたことだけで幸せだったのに」
と怒ったことがあった。
その横で私は内心
「あのねえ、あんたの娘も、ほんとは学校行くの嫌だったのよ、登校拒否児童になると大ごとになって、よけい肩身が狭くなるから、12年間この田舎町で我慢すれば、東京の大学に行けるから、それを支えにして、しょうがなく通ってただけなのよ。」
と、つっこんでいたのだが...。
この父の言葉を、改めて考え直してみた。
彼は、1934年度(昭和9年度)の生まれで、新制中学の第1期生、日本の教育が大激変する時期を過ごして、旧制の人間の葛藤も察しつつ、「青い山脈」的な、戦後の学生生活を謳歌した世代だ。
子供時代の楽しみは、小学校(国民学校か)は読書、縁故疎開先でも読書、戦後の物不足の時期に過ごした中学では読書と演劇、高校でも読書と演劇、だったらしい。
そんな彼の学生生活と、当時の社会状況を併せて考えるに、戦後すぐの学校という存在は、地域社会の中で唯一、子どもにとって「文化的で、進歩的で、自己が尊重され、かつ社会の窓として昨日した装置」だったのではないだろうか。
当時の学校では、子どもは家庭の労働から解放されるし、授業は知的好奇心を満たしてくれるし、かつ家庭では見聞することのできない情報(楽器や実験道具、図書館の蔵書など)を提供してくれる、さらに「先生」は地域の文化人で、新しい価値観を教えてくれる存在だっただろう。
そりゃ、無条件で楽しい、魅力的な場所だったに違いない。

しかし、現在の学校、特に小学校はどうだろうか。
子どもは家庭にいても、必要以上の労働から解放されていて、知的好奇心を満たしてくれ、社会の情報や新しい価値観を提供してくれる(もちろん娯楽も提供してくれる)メディアに常に接している。
現在の子どもにとって、学校は、うちの父親の世代と同じような存在意味はないなずだ。
もちろん、社会生活の基礎的な知識やルール(前向きな意味での世渡り術)や、一般教養の教習所として、また教育機会の平等の原則として、学校は必要な場所だとは思う。
ただ、今の学校は、外の実社会と比べてみると、あまりにも「閉じた濃密な小社会」として、子どもの日常を支配してしまっているのではないだろうか。
そうなれば、ネットという、家庭でも学校でもない、開かれたコミュニティに惹かれることも当然だろう。
#これは、大人でも子どもでも同じくだが...。

長くなってしまったが、じゃあどうすりゃいいのと言われれば、子どもにとっての、学校というコミュニティ、学校という価値観の比率をすこし減らして、別のコミュニティ、というか居場所を、できるだけ多様なかたちで作ってやることではないかと思う。
いくら「総合学習」を実践したところで、メンツと場のオキテが変わらない以上、学校に多様な教育サービスを求めるのは、どうしたって無理があるだろう。
その他のコミュニティでの体験(もちろん有形無形に精神的な滋養になる)を通じて、学校を「義務教育の場」とある程度割り切って、学校という価値観と、冷静なつきあい方ができるようになるのではないだろうか。
#ていうか、「学校5日制」の土曜の社会学習って、そういう意味があったんじゃなかったっけ?(苦笑)

以上、近所で小学生が遊んでいるのを観ると、微笑ましいと思うより先に、トラウマを刺激されて「ちっ」と思ってしまったり、彼らの内面を勝手に推し量って、痛々しい気持ちになったりする、もとダメ小学生の、独りよがりな文句タレです。

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2004.06.06

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:6月第1週

●6月5日(土)試合中のサングラス、おっちゃん世代は違和感あるのか?

オープニングトーク。
ダイエーの城島が、サングラスをしながらキャッチャーミットをかけているが、やりにくくないのか?という話になる。
矢沢健一、斉藤明夫とも、ピッチャーなら分かるけどねえ...、と、いまいち理解できないようす。
この後すぐ西武vsダイエー戦の解説になるが、
「キャッチャーの目の表情が見えてないと、ピッチャーも投げにくいんじゃないのかな?」
と、珍しく?負け投手の和田を弁護してあげる信也。

6試合の解説の後、信也、今日は須藤コーチと話をし(てことは神宮に行ったのか!おじゃま虫信也!)、巨人の投手陣はいろいろ気を遣うだろうとお節介な心配をする。
そして、さあいよいよ巨人が飛び出して来るのか、なんて矢沢と盛り上がっていると...、斉藤がポツリ。
「横浜が強くなってきて嬉しいです、ほっとしてます」。
満足のレベルがちょっと低すぎるのも横浜ではしゃあないか斉藤よ...と思ったこのごろ。

今日も6試合中継でさくさくと進行していったが、「今日のホームラン」のところで、突然
「小久保のホームランはきれいですね〜」
と感心する信也。まさか信也って小久保に(以下自粛)。

「ネット裏のひとり言」今日の矢沢は、清原の2000本安打について。
西武でメンタルトレーナーを呼んで「自分は60人のチームで何番目か」と選手に手を挙げさせたとき、清原は50番目に挙げた、その謙虚さが立派だ、という話。
ちなみに、「1番」で挙げたのは、2軍の補欠選手だったとのこと...、この辺をしっかり言ってしまうあたりが、矢沢の矢沢たる所以である(汗)。
そしてその話を聞いた信也
「いやー、清原は本当に人間的にすばらしいね」
と持ち上げたと思ったら、最後の30秒くらいになっていきなり
「ところで、松井秀喜はホームラン30本いくよね!絶対!」
と、思いっきり話題転換!!
しみじみと清原を持ち上げて終わりましょう、という場の空気が、まるで読めていない、いつもの信也であった...。

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●6月6日(日)祝!清原2000本、で今日の主役はなぜか石井江奈アナ....。

オープニングトーク。
今日から梅雨入り、プロ野球選手はバットが重くなり困る時期だ、私たちの頃は、部屋の高いところに釘を打ってバットをつるして湿気対策をしていた、という「昔話」をすると、加藤博一が
「あーっっ、バットが重くなる話、『ひとり言』で話そうと思ったのに〜っっ!」(笑)
いつもながら、他人の邪魔をしてしまう信也である。

西武vsダイエーの接戦を観た信也、それにしてもパ・リーグも大混戦になりそうだ。これではペナントレースの行方は本当にわからないですね、と言った後おもむろに、
『オリンピックもあるしね』。
...。
今日は高木豊は来てないぞ!

今日は雨で4試合中止のため?清原2000本安打特集が組まれる。
どうも、今日は清原の2000本安打を祝ってジャイアンツ選手でパーティが開かれているとのこと、そのことを信也に話した(無理矢理しゃべらされた?)のは、他ならぬ!石井江奈アナ@小田幸平夫人であった。
何でも、高橋由伸から電話が来て(呼び出しか?)即「はい、参ります!」(これはフィクション^^;;)ということになった模様。
そこまでのいきさつを石井アナから聞いた信也、おもむろに
「で、どこで集まってるの?」(スタジオ大爆笑)
石井アナ、狼狽して
「ととと、都内某所ですっっ....。たたた、多分朝まで....。」
また邪魔しに行くつもりかい!!信也!
特集ビデオをひととおり観て、平松と加藤と3人で、そこそこに清原を語った後、おもむろに、信也
「今日は、多分六本木だと思うけど(笑)、石井さんのご主人が、清原が飲み過ぎないように止める役目なの?」
と、また飲み会の話に持っていってしまう。
石井アナ答えて、
「いや、それが清原さんは全然酔われない方で、後輩にもお酒を勧めるんですが、自分も飲むんですよ、だからみんな断れなくて、どんどん潰れていくらしいんです....」
さあ信也、それでも行くのか!?六本木に....。

「ネット裏のひとり言」、今日の当番加藤、梅雨のいろいろな問題を語る。
加藤は、湿気でバットの握り具合も違うと言い、平松はボールの感触も違うと言う。
そして加藤、信也に向かって
「信也さんの時代は、バックネットに虫干ししてましたよねっ!」
信也答えて
「梅雨の時期は、ロッカーも臭いんだよね、入りたくないんだよ!」(大爆笑)
....。
というか、40数年前のロッカーを基準に語ってもしゃーないやろ。

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