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2004.05.31

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:5月第5週

●5月29日(土)関根翁、キャラ本領発揮か?あるいは(以下自粛)

オープニングトーク。
信也、今日東京ドームでみんな(誰とだ?)と話していて、最近のボールは飛びすぎる、という話になったとのこと。
これはNBPの問題だ!(高飛車!)が、まずは監督会議で発議すればいいのでは?という信也。
関根潤三翁答えて、
「こんなにボールが飛ぶのは、野球場の引力の問題じゃないですか?」。
...。
おかげで、高木豊の
「ピッチャーに死人が出るんじゃないかという話まで出てます。本当に危ないですよ」
という、真面目な回答がぶちこわしである。

中日vs阪神戦の解説で、関根翁曰く
「これからのセリーグは、どうなるか、本当にわからないですよ。」
ていうか、これからどうなるか本当にわからないのは(以下自粛)。

6試合解説の後、信也いきなり
「佐々木信也のひとり言、じゃないですけどね」
と前置きしながら、ひとり脈絡なく爆語りを始める。
曰く、最近、各チームの監督さんをゴルフにさそっているのだが(目障りだろ!)、王監督には「シーズン中にはやる気がしない」と断られたが、一方山下監督には「オールスター休みに行きましょうか」と言われ、話がまとまりそうとのこと。
で、突然
「(あの!)川上哲治さんは、監督の頃、シーズン中もゴルフに行っていたそうですよ」
と、むりやり昔語りに突入。
信也によれば、川上は監督4年目のオフに、読売の幹部から「来年優勝できないと、クビっていう話が出てるよ」と言われ、ショックを受けたが開き直って、「だったらやりたいことをやってやる」とシーズン中にゴルフをやりだしたら、それから9連覇、だそうだ。
MLBの選手はシーズン中にもゴルフをやっているし、選手も監督も気分転換はやるべきだと、高木豊と二人、話がまとまる。
一方、関根翁はといえば
「近鉄時代にシーズン中、練習の合間に、グラウンドでゴルフやってましたけど」
のどかな時代、遙か昔のことである...。

「ネット裏のひとり言」今日は関根翁だが、さっきから咳き込んでて、風邪ですか?と信也。
関根翁答えて、
「トシのせいです」
くれぐれもお大事に...。


ところで、「ひとり言」で話題になった、中日の荒木、井端両選手。
ここで高木豊がいるとなれば、信也めざとく
「二人はオリンピック代表に入れないの?」
とつっこみを忘れない(笑)。
「メンバーの最終発表は6月25日だよね!?」
と、ご丁寧に念まで押している、オリンピックおじさん信也であった...。

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●5月30日(日)大矢斉藤「横浜OB」コンビ、若者を憂う...(謎)

オープニングトーク。
山下監督と話をしていたら(仲いいのか?二人は?)、娘さんの就職のことでいろいろ腐心している、とのこと。
大矢、子どもの就職はやはり親としても大変だった、と答える一方、3兄弟の父である斉藤明夫は
「てきとーにやってるみたいです。上の方は、もう、フリーターで困っちゃいますよ〜。下の方は、一所懸命に就職活動してますけど...」
と、すっかり素に戻ってぼやきモードである(汗)。

試合解説の後、セリーグは一体どこが抜け出すだろうね?という話になる。
阪神は打線のつながりが悪い、中日は今はいいけど、抜け出すほどでもないだろう、と、あれこれ話したあと、斉藤明夫がポツリと
「でもね、首位争いはともかく、僕と大矢さんが今一番心配しているのは、横浜が、このまま『抜け出して』しまわないかということなんですよ(泣)」
...。

「ネット裏のひとり言」今日の担当は大矢。リハビリを終えて復活した藤井と朝倉両投手をあげ、支えてくれた人に感謝するのはもちろん、報いる心が大切、と語る。
ところが信也それを聞いて、
「車の運転でも、道を譲ってくれた人に手を上げてお礼したりする人、意外にいないんだよね〜」
と、いきなり車の話に持っていってしまい、ちょっととまどう大矢...。
ともかくも、先輩方のありがた〜い「精神訓話」で締めた、今日のOAであった。

#余談ですが、実は週末家を離れていたので、さっき土日分を一気に観て書きました。あのテンションを二本連続鑑賞は、まじできついっす(汗)。

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2004.05.24

「絶望を拒もう」ということばによせて

昨日、偶然『壊れる前に…』というblog
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/
を見つけて読んだ。
いや、もともとは、ココログルさんで「韓国」で検索したら、「イ・スヨン日本デビュー」
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2004/05/post_21.html
という記事を見つけ、思わず反応してしまったことがきっかけなのだが(笑)。

で、そのblogのある記事に「絶望を拒もう」というタイトルがつけられていた。

日々朝寝昼寝夕寝を満喫中のぐーたら野郎が言うのも全くおこがましいが、こんな私でも、ちょっとは「絶望」のようなものを、感じることだってある。
その中でも大きかったものの一つが、ことに一昨年の9月17日以降、数ヶ月にわたって日本中が靡いた「あれ」だ。
丁度おあつらえ向きにも、当時の私は7月からパニック障害のショックによるうつ症状にはまっていて、やっと立ち直りかけてきた頃だった。
自称「お軟派路線」ながらも、一応朝鮮半島関連に関わる立場としては、テレビ新聞雑誌の報道、自分のことでもないのに、針のムシロに座らされた気分だった。

私には、前に書いたよう
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/04/rku.html
に、北の故郷に帰れない韓国人の知人も、南北両方の在日の友人もいる…。
拉致は絶対的な非人道的行為だということは重々承知でありつつも、だからといってそこまで言わんでも、という言説や興味本意の嘲笑的な報道には、いたたまれない気持ちになって、ますます気持ちが暗くなりそうになっていた。
そんな私の世間話ぼやきを、主治医の「赤ひげ」翁が、ただ黙って聞いてくれたのがせめてもの救いだった。

で、時は流れてこの22日、また「あれ」があった。
「救う会」「家族会」の記者会見を聞いていて、
「日朝の友好関係を早く築いていきたい、と小泉首相は言うが、私たちにとっては、拉致問題の完全解決がなされないかぎり、北朝鮮との友好などあり得ない!」
「経済制裁なしで援助までするとは最悪の結果!」
という主旨の発言が出てきたとき、また私は「絶望」という言葉が頭に浮かんでしまった。
先にも書いたとおり、救う会、家族会の発言をあげつらうつもりなど毛頭ない。
ただ、それが本当に心からの叫びであればこそ、憎しみの連鎖は止められない、それが淋しくてならないだけだ。

いつも書いている通り、私は韓国KBSの1時間ニュースをCSで見ているが、22日は番組中で家族5人帰国、また会談の成果と課題が解説されていた。
そして、キャスターは番組の最後をこう結んだ。
「日本政府が拉致被害者問題の解決を北朝鮮に要求する一方、今日韓国では、北韓、日本らの代表者が集まり、従軍慰安婦補償問題の国際会議が開かれています。自国の人権侵害を追求するのと同時に、過去に自らが犯した人権問題にも目を向けてはどうでしょうか」
私はその発言に「そうだよな」と思うと同時に、このコメントを聞いた韓国の「拉致被害者家族」は、一体どんな気持ちになっただろうか、そう思うとますます複雑な気持ちになった。

散々くどいようだが、私は誰が悪いの問題を言っているのではない。
それぞれの立場の人が、その立場に真摯であればあるほど、問題が複雑化してしまうこの状況が、ただもどかしいだけなのだ。
先にリンクした過去ログの記事で書いた通り、
「世の中で、人の命が、体制や主義主張や下らんメンツなんぞの担保にされるようなことは、金輪際止めていただきたい。」
と言いたいだけなのだが…。

唯一、今日読んだ週刊誌(FLASHだったかFRIDAYだったか失念…)で、蓮池透氏が
「私たち家族会が、北朝鮮に対して経済制裁だと言うのは、あくまで拉致問題解決のためだけであって、北の政権を転覆させようとか、そんなことは考えていない。拉致問題が、右傾的な政治活動などに利用されることがあってはならない」
という主旨のことを言っていたのだけが、私には小さな救いだった。
(正直、これまで私は蓮池氏のことを「誤解」していた、反省。)


…いい加減話が大回りしてしまったが、そんな気持ちでいる私に、「絶望を拒もう」ということばは、

 「絶望」をキーワードに検索してこの稿にたどりついた人 — おそらく、私と同じような心の人 — がい
 たら、どうか、上の言葉があなたにほんの少しでも生きる希望を与えますように。この稿、いつもにも
 増して取り留めのないものになってしまいましたが、この祈りをこめて、ウェブに載せます。

と書かれた、blog管理人「うに」さんが祈ってくださったとおり、私の心に届いた。
私も2年前よりは、もう少し上手な心の処しかたを心得たようで、今のところは何とか落ち着いていられる。

一方的な読み方をしておいて(?)、言いたいことを散々書きちらして、勝手にお礼言って、挙句にトラックバックまで送ろうとしてるし、もう独りよがりで困っちゃいますよね(大汗)。
でも、やっぱり言っちゃいます。
素晴らしいことばを本当にありがとうございました、うにさん。


#ちょっと格好つけて記事タイトルをつけてみたけど、やっぱり面映いぜ。
柄じゃないことは無理があるねえ…(^^;;)。

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CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:5月第4週

●5月22日(土)「今日のホームラン」2日分てんこ盛りは体に悪い…

オープニングトーク。
信也、今日は拉致家族帰国のニュースを熱く観ていたらしく、子供の話になる。
大矢の子供は、ちょうど帰国した子供たちの上の方の子と同じらしい。
一方、平松は…、信也曰く
「平松さん、もうすぐおじいちゃんになるんですよねぇ(うっしっし)」
平松
「自分では、若いつもりなんですけどねえ…」
しかし信也、
「自分ではそうなのよね(うっしっし)」
…信也、自分の歳はどうなんだ!

最初の話題は「イチロー2000本安打達成」。
信也うれしさのあまり?調子に乗って
「このペースだと、5年後には3000本安打ですよねえ(うっしっし)」
…。

日ハムvs近鉄戦で、岩隈(*^^*<すみません)が好投を見せ、一同感心する。
と信也、おもむろに
「ところで、彼もオリンピック出るんですよね?今日は当事者(高木か!)がいませんけど…」
とチクリ。
本当、いちいち五輪ネタに持っていかないと気が済まない、信也であった。

今日は6試合+メジャー情報と盛りだくさんで、その後「ひとり言」までつつがなく進行。
ところが、次に
「それでは今日のホームラン、昨日と今日の2日分いきます!」
ええっ!?なぜに2日分…。
昨日はちゃんと観ていなかったが、確かに昨日も6試合あったし、時間がなかったのか?
しかし「今日のホームラン」2日分おまとめ、あの、打球を追って大きく振られる「ホームランカメラ」を計40本近く一気に見せられると、殆ど車酔い状態…。

ラスト余り時間のトーク、やはりというか「巨人責め」。
何しろ、巨人に別段絡んでいない3人のこと、もう言いたい放題!
まず信也が口火を切り
「巨人の今季の盗塁数、まだ7つ(!)ですよ。最多のダイエーなんて、35(だったかな?)なんですよ!それで最近堀内監督、エンドランのプレイを多くしてますけど、全然うまくいってないですよね。」
続けて大矢平松も加勢し、
「チームに盗塁のスペシャリストがいないですもんね」
「別に、ランナー一塁に出てヒット一本で1点とれるから、いいんですよ、巨人の場合」
「それより、中継ぎ投手陣が全然だめでしょ、新しい外国人取ったって、ランデルやシコースキー程度なら意味ないです」
「じゃ、今からでも遅くないから、バッター出していい投手取りましょう!」(もちろんこの発言は信也)
「でも今、取るだけの投手っています?」
一同「…」
ていうか、それだけツッコミどころの多い野球してても2位なんだから、ほっときゃいいじゃないの(^^;;)

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●5月23日(日)土橋正幸昔を語る!視聴者とのジェネレーションギャップは如何に…?

オープニングトーク。
信也、MLBファンの人と話をすると必ず、球場の観客席の「ノイズ」がいい雰囲気なんだよね〜、という話になるとのこと。
そして土橋正幸に
「昔、『おーい土橋!スピード違反だ〜!』とヤジられてたの覚えてますよ」
と話を振る。
土橋答えて
「ラッパや太鼓の音が大きすぎて、グラウンド内の音が聞こえなくなったのが寂しいね」
一方加藤博一は、
「日本じゃ昔から、応援団の応援をバックに試合してますから、(応援団的な声援が)無ければ無いで寂しいんでしょう」
と、ちょっと応援団を擁護。
ところが信也、
「まあ、日本の指導者や球団関係者やコミッショナーの方々、アメリカからもっと学んでほしいと常々思ってます、はいっ」
と、無理矢理話を結論づけてしまう。
ここぞとばかりに、アメリカかぶれっぷりを爆裂させる信也であった。

今日も6試合開催、しかも結構もつれた試合が多かったので、目立った無駄口もなく、つつがなく進行。

そして最後、「ネット裏のひとり言」。
今日の担当土橋のテーマは「審判に喝!」…。
審判の中途半端な判定に、選手が振り回されてしまう、これから夏場に向けたハードなゲームが続くのに、判定でトラブルが起きなければいいが…、「俺がルールブックだ」二出川さんのような立派な審判が出てきてほしい、との話。
てか、例えが古すぎ…。

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2004.05.22

『身辺図像学入門 大黒からヴィーナスまで』岡泰正

タイトル:『身辺図像学入門 大黒からヴィーナスまで』
著者:岡泰正
出版社:朝日新聞社(朝日選書)
定価:1400円
初版:2000年3月
ISBN:4-02-259746-1

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正直なところ、私は「図像学」とか「美術解剖学」とかいうことばに、悪い言い方をすれば「うさんくさい」ものを感じていた(笑)。
しかし、学校の課題の中に、図像に関する記述があったのと、同じ時に図書館から借りてきた『カラー板 世界版画史』のなかの参考図書にこの本が載っていたので、それではと、一旦先入観を忘れて読んでみることにした。

そしたら、これが意外におもしろい!(汗)。
日本の生活の身近なところにある、一見何気ない図像、…かき氷の旗の波模様とか、お皿に描かれたパターン、「バーミヤン」の桃、「バイキンマン」に見る典型的な悪魔像…、などを取り上げて、それぞれの歴史的な意味や伝承、その変遷を、平易な文章でおもしろく紹介している。
著者はバリバリの関西人で、神戸市立博物館の学芸員なので、おのずと近畿地方の事物を取り上げて説明している。
項目によっては、関西の歴史文化がピンとこないと分かりにくい項目もあるかも知れない。
自分も、バリバリの関東人(…)なのだが、京都人との結婚によって(汗)、幸いにも伏見稲荷なども訪れる機会を持つようになった。
丁度、本書でも伏見稲荷の狐にまつわる故事から、神社と狐の関係を描き出しており、こうした項は特に面白く読めた。

本書を読んだ限りでは、全体的には、日本の伝統的な図像の意匠は、中国の故事に基づいているか、あるいはそれに日本的なアレンジが加わったものが多いようだ。
一方、私は本書を読みながら、朝鮮半島の伝統的な図像のことを思い出していた。
前に読んだ『美しい私たちの閏房文化』という韓国の本は、元々は朝鮮の伝統刺繍やポジャギなど、いわゆる「針仕事」に関する諸事を集めた本なのだが、その中に、刺繍に描かれる伝統的な図像について、その由来がいろいろと紹介されていたのだ。
日本、朝鮮ともに、思想的なルーツが中国なのだから当然と言えばそうだが、お互いの図像やその由来には、とても共通点が多い。
「寿」「福」の字を、各100通りの違う書体で書いた「百寿」「百福」の意匠も、共通しているし、鯉を出世の象徴としている点も同じである。
(ただひとつ、朝鮮では「蝉」の意匠が、7年土中で生きる生命力の象徴として、刺繍や装身具に多用されていたそうだ。日本では蝉模様があるなんて、あんまり聞かないが…)
以前、その『美しい私たちの閏房文化』を、「こうやって朝鮮の意匠の由来が分かると、ためになるなあ」と感心しきりで読んでいた私が、今さら「図像学ってどうよ?」なんて訝しがっていたとは、今さら全く恥ずかしいことだ(大汗)。
今後この手の本をどこまで自分の役に立てられるか分からないが、また工芸品の勉強に当たることがあれば、図像の由来にももっと関心を持ってみようと思う。

先にも述べたが、各項目が最大5ページくらいの短いエッセイ形式になっているので、とても読みやすくなっている。
何でも、週刊朝日百科『日本の国宝』にコラムとして連載したものに、加筆してまとめた本だそうだ。
で、それが「朝日選書」シリーズから出版されたのだが、正直言って、新書判でカラー口絵なし1400円は、高すぎるんじゃないの!?(笑)。
いや、この手の専門書って、そういうものなのかなあ。

何をおいても、100%褒め言葉では気がすまない、文句たれの私でありました(汗)。

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2004.05.18

『小さな箱』のつづき:神奈川県立近代美術館の個人的な思い出

『小さな箱 鎌倉近代美術館の50年 1951-2001』を読んでいたら、
(http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/05/_50_19512001_.html)
「鎌近」にまつわる個人的な思い出がいろいろと浮かんで来て、本の感想とごっちゃになってしまいそうだったので、項目を改めてまとめてみることにした。
書評のアップから時間があいてしまい、少々まぬけではあるのだが…(汗)。

私が「鎌近」を初めて訪れたのは、1990年、大学3年のときだ。
それまでも鎌倉は、小学校の修学旅行(山梨県ではそうなんです!笑)や、家族の日帰り旅行などで数回来たことはあった。
しかし、鶴岡八幡宮まで来ているにも関わらず、美術館の存在を意識しだしたのは、上京して美術館めぐりを始めた後だった。
なので、実は「鎌倉近代美術館」という通称があったことを知ったのも、つい最近のことだ。
初めて観た展覧会は、1990年夏の「近代日本の木版画展 伝統と近代の対話」。
当時私は、大学の美術サークルで木版画にはまっており、この時も同じく木版好きな、ひとつ下の後輩と二人だった。

二人は展覧会を十分堪能し、この時の買った図録は、私の近代木版画への興味をさらに膨らませてくれる一冊になった(しかしこの時はまだ、鎌近が近代版画の研究で有名なことを知らなかった。全く浅はかな…^^;;)。

しかし、木漏れ日も爽やかなエントランスに、蓮の葉でいっぱいのテラス…、不思議な(?)中庭etc.…。
この建物、そしてロケーションの持つ不思議な魅力も、そのとき妙に心に引っ掛かった。
特に2階から1階のテラスに降りる階段、テラスの風景、中庭を廻って新館に向かう通路あたりで、妙な郷愁、のような感情がわいてくる。
自分のなかの記憶と、一体どこでかぶっているのだろう?と考えてみたが、そうだ、これって昔の「学校」の導線じゃないか!と思い当たった。
私が通っていた小学校は、戦後直ぐ建てられた木造2階建てで、北館、中館、南館、トイレ、あと宿直室や給食室が、外の通路、いわゆる渡り廊下というやつだが…、でそれぞれ結ばれていた。
それに1階の教室には、すぐ外に降りることのできる出入り口があった。
各校舎の間を行き来する時には、とりあえず一度屋外に出てまた室内に入る。
そう考えると、この手の学校建築というのは、結果的に屋外と屋内の境界がとてもあいまいだ。
少なくとも学校で生活する時間の間は、室内にいても外の空気、光の変化、中庭の草の緑や花の匂いを、常に感じられる環境に置かれるわけだ。
鎌近の階段、テラス、中庭の風景から、そんな「いつか学校にあった、あの光と影と空気」を感じてしまうのだが、それは私だけだろうか?…。

展示においても、特に彫刻、インスタレーション系作品には、空間の持ち味と見事に解け合った展示がさまざまに展開されていたようだ。
90年のあと、93年に(同じメンツで)「李禹煥」展を観に行ったのだが、その時に、テラスの片隅の隠れたちいさなスペースに、こじんまりとした石と鉄板を並べた、インスタレーションが置かれていた。
その空間に「ちょこなん」とおさまっていた小さな石の作品に、不覚ながら思わず「かわいい!」と声を上げてしまった(いや、李禹煥作品の観照態度として、叱責に値するであろうことは重々理解しております、でも…^^;;)。

『小さな箱』の中にも、テラスや池を使ったいくつかのインスタレーションの写真がおさめられているが、特に「新千年紀へのメッセージ—イスラエル美術の近代」展の、『カディッシュ ツァバールのためのレクイエム』は、実際に行って観ておけば良かった〜、と思わせる、雰囲気のある作品だ。

#しかし、毎度文句たれで恐縮だが、個人的には、2F展示会場の床面がカーペット貼りなのが気になる。先の「李禹煥」展の時に、インスタレーション作品の質感が活きないな、と感じたからだ。
(ちなみに埼玉県立近代美術館のカーペット貼りも、ちょっと気になってます、はい)

実際、現在の美術館建築のパターンからみると、ワークショップ室も来館者図書室もないし、機能的には物足りない点も目立つ。
私が館を初めて訪れた時、その背後にある業績があまり理解できなかったのも、その辺の「後れ」が目についたからかも知れない。
実際、90年代初めには目黒区美術館や板橋区立美術館など、アイディアと教育活動で勝負する新スタイルの美術館が次々登場していたし…。

そうはいっても、館の関係者の方たちが「小さな箱」と称するように、この建物と、その中に込められた空間がとても大切に、愛され守られてきたことは、館を訪れればひしひし伝わってくる。

新しい「葉山館」も、いろいろ現代的な工夫がされているが、全体に「鎌倉館」の雰囲気を残した建築になっているのが嬉しい。(なーんて、写真で見ただけなんですけどね^^;;)
過去の展覧会カタログを閲覧したり、レストランで風景を楽しんだり、ワークショップなどに参加したりと、こちらはこちらで新たな楽しみに期待したいと思う。
連れ合いが夏休み取れたら、温泉ついでに(こら)、新たな気持ちで鎌倉館、葉山館を訪れてみたいなぁ。


おまけ:神奈川県立近代美術館のサイトです、葉山館の情報もばっちり載ってます。
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/index.html

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2004.05.17

『20世紀デザインの旗手 レイモンド・ローウィ』展、行ってきました

3月13日から、今日5月16日まで、東京渋谷の「たばこと塩の博物館」で開催されていた、『20世紀デザインの旗手 レイモンド・ローウィ』展に、最終日午後のぎりぎり滑り込み(大汗)で行ってきた。
1950年代当時、「ピース」のデザインにまつわるエピソードにインスパイアされたデザイン関係者や企業関係者が多かったことは、むかし少し聞き齧っていたが、彼の仕事ををまとめて見る機会は、本でも展示も初めてだった。

「お足もとの悪いなか」にも関わらず、館は1階ロビーから大混雑、傘立ても一杯で使えないくらいだ。
最終日ということを差し引いても、会期中はかなりの盛況であったかと、想像がつく。

4階の特別展会場は、それほど広くないのだが、結構な数の展示品が上手い具合に収まっていた。
中盤くらいまで観たところで、今回の展示にローウィ研究家(?)として参加されている、浦典子さん直々の解説ツアーが始まったので、折角だからと参加してみた。
この浦さんという方、なかなかの関西キャラ(笑)で、説明も飽きさせず面白い。
あっという間に展示フィナーレの6時を過ぎてしまったが、1階のショップでカタログや参考書籍を買う人がいつまでも尽きなかった。

さて、展示内容の方だが、初期のローウィは、いわゆる1920〜30年代のモダン・デザインの流行を取り入れた、というか、彼がその流行の一端を担っていたと言えるだろう。
特に興味深かったのは、当時の冷蔵庫のデザインプロセスだ。
当時としては初めて(といわれているらしいが…)、実物大モックアップを作ってプレゼンをしたという。
また、全体に緩やかな曲線を用いたデザインにした理由は、ひとつは冷蔵庫の拭き掃除を簡便にすること、もうひとつは、シアーズなどの通販カタログが商品広告の主要媒体だった時期に、「見た目」での製品の差別化を狙った、彼の戦略たそうだ。
彼と同時代、あるいは一世代上のインダストリアルデザイナーについて詳しくは分からないので、具体的に誰がその始祖かは分からないが、工業品の形(デザイン)が、科学的な裏づけや大規模なマーケティングをもとに作られ「はじめ」た時代だったのだろう。

また、第二時大戦後、大企業がコングロマリット(今、あんまりこの言葉使いませんね^^;;)化して行くのに従い、プロダクトデザインそのものから、そのクライアントのビジュアルイメージや、いわゆるCI、VIのプロデュースも手掛けるようになった。
もちろん全部が彼の開発したデザインシステムではないだろうが(同時代にはソール・バスなんかもいるし…)、現在のCI、VIデザインの手法を確立したひとりとして観た時、その作品にはシビレさせられた。
面白かったのは、彼の事務所で作った営業用冊子に、VIのクライアントになった各企業、ブランドのロゴの新旧対照表が載っているところだ。
お堅くシブチンな「社長さん」方に、デザインの重要性をアピールし、VI予算を出していただくための格好のツールだっただろうな(笑)。
また、もっと大きな視点で見れば、彼がVIで活躍した50〜60年代が、(特に欧米において、)「デザイン」に対する社会のイメージが劇的に変化した時期なのだ、と深読みもできそうだ(ってそれは私だけ?)

ローウィが、実は日本の会社のVIにも大きく関わっていたところも、非常に興味深い。
彼は「ピース」の時にも、広く一般に意見を求めて、日本人に好まれるデザインを目指したそうだが、個人的には、日本語の商品ロゴや、説明文など本文の日本語デザインをどのように捉え、デザインで消化していたのか、展示からは分からなかったが大変面白く(疑問)に思うところだ。

なお、展示品以外で私がもうひとつツボに入ってしまったのは、彼のデザインオフィスの風景を写した組み写真だ。
オフィスのデザイン、家具調度、パーテーションなど、見た目には80年代末までのデザイン事務所の風景と全然変わらない。(90年代に入ると、Macとか置かれるようになるけど^^;;)
ところが、撮影された年度を見ると、なんと1969年…!!私が生まれた年だ(激汗)。
69年にこのオフィスを見た人は、その格好良さに驚いただろうが、35年後の私が見ると、とても普遍的なありように見える。
それこそが、トップクリエイターの「底の深さ」といえるのかもしれない。

ローウィの著作『口紅から蒸気機関車まで』も、書名は前から記憶があったが、それを彼が書いていたとは、頭の中で繋がっていなかった。
しかも、彼のデザインしたスチュードベイカー社の乗用車が、あの映画『タッカー』のモデルになっていたとは…。
恥ずかしながら今回、展示の最初から最後まで「ああ、あれが、あれだったのか!!」(苦笑)の連発だった。
こんないい展示だったのなら、会期中の講演会にもちゃんと参加しておくんだったな、と、少し後悔した。

それでもいつもながら、幾つか惜しいところを挙げておくと、まず、全体的に「ローウィの先駆性」を協調するあまり、多少「ローウィばんざい」的なトーンが垣間見えることだ。
先に挙げたソール・バスらのような、同時代のクリエイター、また親交のあったクリエイターらについても紹介があると、さらに大きな視点で彼の業績が掴めるのではないだろうか。
また展示のなかで、アール・デコ時期の参考展示品と彼の作品が、一部混同して見えたのも残念だ。
それに、展覧会のカタログの編集デザイン…、ちょっとこれは(以下自粛)。
…ともかく、カタログも折角買ってきたので、テキストをよく読んで、ちゃんとおさらいしておこう。

最後に。
ローウィについて検索していたら、こんなサイトを見つけた。ご参考までに。
「レイモンド・ローウィ・ファウンデーション日本委員会」
http://www.raymondloewyfoundation.com/jp/index.html

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CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:5月第3週

●5月15日(土)信也、天敵?ペタにこれでもかの集中砲火!!

オープニングトーク。
2月のキャンプを見た限りでは、だれもがダイエーの優勝間違いなし、と思った所が、ペナントレースではいい戦いが出来ない、信也がマリンスタジアムでダイエーのコーチに取材したところ(大きなお世話だ!)、バントが送れない、外野フライが打てないのがよくない、と言われたとのこと。
苫篠、ピッチャーが打たれるから、バッターにプレッシャーがかかっているのでは?デーブ、よくない時こそコーチの励ましが必要、とそれぞれコメント。
しかし、そんな話のあとの最初の試合解説は、ロッテvsダイエー(0対21)だったりする(汗)。

巨人vsヤクルト戦、桑田投手のピンチに、内野がみんなマウンドに集まっても、ペタジーニだけマウンドに来てない!と信也が指摘。
デーブ受けて曰く、巨人は都会のマンションに住んでる個人主義のチームなんだ、西武は所沢のチームだから、いい意味で選手間の関係が深い田舎者チームだった、とのこと。
首脳陣も、ペタとはよく話をしていないんじゃないか?清原を出した方がチームも盛り上がるしいいと思う、やっぱり清原を出しましょう、と、「いつものとおり」話がまとまるデーブと信也…(汗)。

「ネット裏のひとり言」では、現在の野球は首脳陣次第で選手の生き死にが決まってしまう、選手もサラリーマンと同じような立場だ、首脳陣は、感情で選手生命を左右するようなことはしないでほしい、戦前の変な集団主義がまだ生き残ってるんじゃないの?とデーブ。
信也、ひととおりこの話を受けた後、まだ全然言い足りなかったのか、ペタジーニのビジネスライクな態度に、さらに苫篠へ怒りをぶつけるが、その間に「今日のホームラン」をうっかり忘れてしまう。
ほんっっっとうに、この巨人モメモメ話題が大大大大大好きな、信也である。

エンディング、50秒しかない中でも、デーブ、堀内監督に「監督としてでっかい器量を見せて欲しい」とひとこと。
信也、やっぱり2000本安打の大記録を控えた清原を出すべきでしょう、ドームのファンはみんな待ってるよ!とだめ押し。
結局ペタがとことん大嫌いなのね、この人たちは…。

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●5月16日(日)「応援」に名を借りた「お節介」!信也平松vs高木の五輪代表詰問大会(…)

オープニングトーク。
信也、MLBの試合を観ていて、またも気になることがあるそうだ。
「選手がそこかしこに唾を吐きまくるのが、汚くていやだ!松井秀基、イチローは絶対吐かないが、松井稼頭夫はやる。アメリカに馴染んでるのかねえ。」
高木豊答えて、
「でも、彼はグラウンドから出る時はちゃんと帽子を取ってお辞儀してますよ。でも、お辞儀する前に唾吐くなよ!って言いたいですよね」(笑)
今さら言うまでもないが、お行儀には超うるさい信也である。
ちなみに、解説陣ふたりは現役時代どうだったかというと、
高木「仕事場に唾吐いたりなんかしません!」
平松:「登板前は緊張して唾も出ません」(…)

近鉄vs西武戦の解説の後、完封した岩隈に対して信也、「どうして岩隈登板の時は打撃が良くて、川尻の時は援護がないのか?」と提議する。
二人の成績を比較してみると殆ど差がないのだが、高木豊曰く、
「岩隈の時は野手のエラーが多いんです、それだけ三振を取ってくれると期待しているんでしょう。でも川尻の時は、必死で守らないといけないから…」
信也すかさず
「野手が疲れちゃうんだね」(笑)
さらに、
「岩隈は、チームのみんなにちゃんとお中元お歳暮送ってるんじゃないの?結婚もしたし」
…いくら3試合中止で時間があるとはいえ、まじめにしゃべりましょう、信也。

3試合解説の後、いきなり始まったコーナー「日本代表特集」(…)。
「日本代表コーチの高木豊さんを応援する企画として、これから続けて行きます!」と張り切るそぶりの信也だが、どう考えても「高木コーチ詰問コーナー」である(大汗)。
さらに信也、「自分なりにメンバー構成を考えてみたんですけどね、どうも収まりが悪いんですよ」
…高木にすれば、まったくありがた迷惑な話である。
「投手11人もいるの?」「岩隈も入れるんでしょう?」などなど信也の容赦ない詰問攻撃に、とうぜん高木も堪忍袋の緒が切れて、
「ねえこれって、応援企画ですよねぇっ!?」
しかし信也、さらりとかわして
「そうですよぉ!まあでも我々としては、野次馬論的にやってるところもあるけどね」
…。
しかも、代表候補の話になると、なぜか投手起用の話題ばかりが中心になるので、高木も困って
「あのお、僕は投手コーチじゃないんでっ!」
と抗弁するも、平松が出て来て
「でもね、投手コーチじゃなくたって、コーチみんなで話し合いする時があるでしょうに!その時言えばいいじゃない!!」
と一喝(笑)。
信也、話のまとめに
「いやあ、まったく、考えてると本当に疲れちゃいますよね〜。」
…てか、自分は代表スタッフでも何でもないじゃん!

平松の「ネット裏のひとり言」のあと、信也まだ話したりないのか、高木豊に
「長嶋監督に会いましたか?」と、またまた微妙な発言(…)。
しかし、高木曰く、アテネに行くことを目標にリハビリをしているらしいとのこと。
最後、高木と信也で
「今の代表候補には、いい内野手がなかなかいない…」
とまとめるが、信也、だめ押しで
「ベストメンバーを集められないもんですかねえ〜」
何が彼をそうさせるかは知らないが、なぜか常に、五輪に異常にこだわる信也であった。

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2004.05.16

『ちいさな箱 鎌倉近代美術館の50年 1951-2001』神奈川県立近代美術館 編集

タイトル:『ちいさな箱 鎌倉近代美術館の50年 1951-2001』
著者:神奈川県立近代美術館 編集
出版社:求龍堂
定価:2500円
初版:2001年11月
ISBN:4-7630-0133-7

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この本は題名どおり、神奈川県立近代美術館(通称:鎌倉近代美術館…なぜこの通称があるのか、館名にまつわる逸話も載っている)の、開館から50年間のあゆみをまとめた本だ。
「50年史」といっても、いわゆる編纂された館史、というスタイルではなく、各時代当時に書かれた文章や、多くの関係者の短い寄稿を集めて構成されている。
時系列や、各原稿の著者について、読みながら少し混乱するところもあるのだが(もちろん、巻末に年表と寄稿者一覧は載っている)、それぞれの文章が、各人が館で体験したさまざまな出来事や、館への思いを率直に綴っており、むしろ時代ごとの空気をいきいきと伝えてくれる、貴重な記録集になっていると思う。
何より、このスタイルのお陰で、(上に挙げた点を除けば)とても読みやすく、読み物としても面白い。

通史から特に感じられるのは、開館当時の土方定一副館長(のちに館長)をはじめとした、学芸スタッフの豪快なパーソナリティと(失礼!^^;;)、館の運営にかけるパワーの激しさだ。
1951年といえば昭和の26年、まだサンフランシスコ講和条約前の日本社会で、「県立」美術館をつくる試みがどんなに大変な事業であったかは、本書にも書かれているが想像がつくことだ。
しかし、土方氏らはさらに「近代」という括りを設けて、当時のニューヨーク近代美術館をモデルにした運営をめざしていた。
それは、戦前の歴史博物館的な美術館とは一線を画した、近代から現代にかけての美術を蒐集、研究、展示し、実験的な美術活動の紹介と評価、そして広く一般への社会教育を図る機関として、日本の新しい美術館のありかたを具現化することだった。

また、浅学を恥じずに言えば、土方定一氏の具体的な美術論に触れるのは本書が初めてなのだが、彼の美術に対する基本姿勢…、フランスイタリアよりドイツ美術、メインストリームへの懐疑、中央(東京)より周辺(鎌倉)、隠れた作家・作品の再照明、美術史への多様な切り口etc.には、深く感銘を受けた。
70年代に館に勤務された福島三喜男氏の「土方イズム」というエッセイに
「画家たちの絵画精神(芸術意志)が時代の社会背景のなかで、どのようなかたちで発現しているのかを見極めるべきだ」(P130)
という彼のことばが、福島氏にとって忘れられないことばとして載っている。

いきなり私の話で恐縮だが(大汗)、私が韓国現代美術を追っかけて行くなかでも、社会背景と芸術意志の関係はとても重要なテーマのひとつであり、このことばが、改めてそのことを私に銘心させてくれた。
土方氏は魯迅らが主宰した「木刻運動」期の中国木版画を精力的に集めており、戦災で消失したが、戦後内山嘉吉氏より多数の寄贈を受け、近現代中国木版画の展覧会も開催したとのこと。
戦前戦後の複雑(たぶん)な、日本の対中国観のなかで、「木刻運動」を評価していた点も、彼なりの芸術観として興味深い。
#いや、単にドイツ表現主義版画からの流れだったのかも知れないが…(汗)
なお(笑)、美術論以外にも、学芸員たちのエッセイの中には、土方氏の言動に振り回されてもう大変!という類いの思い出話もあり、人間的にも大変魅力的だった方のようだ。

本の中で「農民戦争のブント代表者」と称された、学芸員諸氏たちの行状記も面白かった。
もちろん、それぞれに美術に対する深い知識と、展覧会運営への情熱を熱く感じるのだが、学芸員室には午後出勤、3時にはどこからかビールが出て来て、お客さんがくればまた一杯…(大汗)、という「豪快くん」ライフぶりには驚かされた。
しかし、そんな大らかさや個性が、物事をなす上での「怪力」として作用したのであろう。
とにかく、昔の人?は何ごとにもパワーがあったんだな、ということで(汗)。

この本のもうひとつとても大切な点は、学芸スタッフだけでなく館の運営を支える事務長、また清掃や監視、もぎりで働く「おばちゃん」、館内喫茶室のスタッフまでに言及されていることだ。
「おばちゃん」に関しては、旧スタッフの方々の座談会まで収録されている。
展覧会の予算どりなどでは事務方が骨折りし、「おばちゃん」たちは学芸員に説教し、喫茶室ではスタッフの入れたお茶で作家や来客たちがくつろぐ…。
美術館の裏方の大きな役割が、自然に表現されているところが、この本の読みごたえの元でもあり、また50年の歴史が為せる技なのだと思う。

本書のなかで惜しい点を挙げるとすれば、美術館の現在の組織、本館・新館・別館の館内図面、また葉山館の完成予想図など、本が発行された2001年現在における、館の姿を具体的に記録しておけば、より資料的価値が高いものになったのでは、と思えるところだ。


ところで、個人的にも「鎌近」には3回ほど訪れたことがあるので、「鎌近」そのものに対する私の思いみたいなものを、改めて書いてみたいと思う。
…ここまでど長文、おつきあいありがとうございましたm(_ _)m

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2004.05.12

今さらながら、松坂屋大阪店閉店の話

少し前の話しで恐縮だが、この前読んだ本『絵とき 百貨店「文化誌」』
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/04/_.html
でもちらと話が出ていた松坂屋大阪店が、5月5日で閉店した。

私は生まれも育ちも関東もんで、関西の地理や文化に関するセンスは正直、たりない(笑)。
ただ、就職してから数年間、出張や人の結婚式などで、大阪を約年1ペースで訪れてはいたので、繁華街や電車路線、人の流れなんかは大体分かってるつもりだ。
しかし、正直、京阪電車の天満橋に松坂屋があったなんてことは、本を読むまで全く知らなかった。
このニュースを聞いた時、天満橋と淀屋橋がごちゃ混ぜになって、京阪淀屋橋のあのビル(FM802の真ん前なので知ってる)が、松坂屋だったのか?と思いっきり勘違いしてしまったくらいだから…。
たしか天満と天満橋あたりは、大阪ではギャラリーの多いところで、それなりにぐるぐる歩いたこともあったのに、松坂屋には全然気がつかなかったしなあ(汗)。

どうして閉店になったのか、という詳細は、下記の読売テレビの『ニュース スクランブル』の特集
http://www.ytv.co.jp/ns/special/bn/2004/04/040430.html
がとても分かりやすかった。
要は、京阪の始発駅が天満橋になると思って、松坂屋が日本橋から移転してきた途端、淀屋橋まで路線が伸びてしまった(しかも、京阪はあくまで本社のある天満橋の開発にこだわった)ので、天満橋の乗降客数が増えず、経営が苦しくなった、ということだ。
しかも、閉店したと思ったら、もうすぐ新しい路線が天満橋を通り、天満橋が乗換駅になるというのが、何とも皮肉な話だ。

デパート関連の情報サイトで、今も残っている松坂屋大阪店に関する書き込みを読むと、「梅田ほど人ごみがひどくないので、家族でゆっくり過ごせていい」「ジュンク堂が広くていい」などと結構好評だし、地下食のテナントもそれなりの店が出ていたらしい。
私も、前の「東急日本橋店」みたく、それなりに充実してるけど空いてて静かな(大汗)百貨店って、個人的には好きなんだが…。
いずれにしても、前の「有楽町そごう」みたく、オフィス街でピンでやってて、かつ体質的に「老舗呉服店系」のデパートって、やはりきついんだろうと思う。
しかし、戦前から営業していたわけだから、外商でずっと頼りにしていたお得意さんも少なくないだろうし、彼らにしてみれば、不便だし淋しいことなんだろうな。

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『ユリイカ』2003年11月号:マンガはここにある・作家ファイル45

タイトル:『ユリイカ』2003年11月号
出版社:青土社
定価:1238円
初版:2003年11月
ISBN:4-7917-0112-7

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いや、普段から『ユリイカ』なんて読むガラではないんだが(汗)、今回、特集で「マンガはここにある・作家ファイル45」、小特集で「韓国マンガ文化の現在」という記事があったので、図書館で貸出に出ていたことを確認して(けち!)早速読んでみた。

江口寿志+山本直樹両氏の対談(!)、注目のマンガ作家45人、ほかにいくつかの小論文があり、どれもそれぞれに読みごたえがあったが、個人的に特に興味深かったのは、夏目房之介氏の「マンガは誰のものか?著作権・批評・読者」だ。
マンガをひとつの創造的作品ととらえた時に、それは作家のもの(著作権も含めて)なのか、あるいは読者の目に触れ、さまざまな「読み方」が読者ひとりひとりの中に生まれた時、それも含めて作品となるのか、という問題を提起しいている。
氏は、芸術作品は作者こそが真の理解者であると言った夏目漱石(お祖父さん!)の芸術論を紹介し、近代の芸術観は、あらゆる表現行為に彼の考え方が少なからずあてはまると言うが、送り手と受け手どちらのものであるか、という視点よりも、お互いのベクトルを相互に整理することが必要だとまとめている。

実は昨年、学校の「造形学概論」という課目で「芸術における『作品』とはなにか、美術史のなかでの『作品』への認識の変化を踏まえて論じなさい」というレポート課題を書いたことがあった。
いくつかの芸術学の本においても、「作品」は、第三者に「観照」されてはじめて作品になるのではないか、という理論を見たが、私自身も、現代の芸術では、単に「つくる」と「みる」の関係がさらに深化して、作家と多くの人との共同制作作業や、インタラクティブな装置など、表現者と周囲の関係性が重要なのではないか、という論旨のレポートにした覚えがある。
マンガ作品は、「ファインアート」以上に、ある世代や社会への影響も大きいポピュラーな表現であり、それは作品の「読み方」を通して多くの人がコミュニケーションすることを意味するだろう。
マンガの「読み」が生むコミュニケーションと、その他の造形作品の「観照」が生むそれを比較したり、互いに参考にしたりするのも面白いのではないか…、なんて、かなり思いつきで考え(妄想か?)している私であった(汗)。

小特集の「韓国マンガ文化の現在」は、個人的には既知の内容が殆どだったが(いや、自慢してるんじゃないんですよ!ほんとに^^;;)、座談会の論客であったソン・ジョンウ、イ・ヒョンソク(原文では漢字表記ですが、一部表示できない漢字があるので、カナ書きにします)の2名が、できるだけ客観的に話そうとしている姿勢に、好感を持った。
#いや、韓国で「韓国の●●について聞きたい」と人に聞くと、かなり主観的に語られる場合が多いので…(もちろん、実は日本でも他の国でも同様かもしれないが)実際この2名の話も、8割くらいで聞いておこうと心で努力してしまったし(苦笑)。
特に、イデオロギーに対する世代格差、またネット上でのファン活動への言及などは、日本人が分かりにくい部分だと思うので、よかったのではないだろうか。
しかしひとつ気になったのは、東浩紀氏が、韓国ではサブカルチャーという言葉そのものもあまり流通していないのでは、という主旨の発言をしていたが、これは、韓国では、80年代までなら「アンダーグラウンド」、90年代以降には「インディーカルチャー」「オルタナティブ文化(代案文化)」と言い換えていることと、ほぼ同義ととらえていいのではないだろうか。
もちろん、特に「アンダーグラウンド」には、民主化運動時代の検閲をかいくぐって浸透した文化、というニュアンスが大きいのだが…。
韓国では、日本でいうところのサブカルチャーが成立していない、とも曲解されるような表現は、あまり適切ではないのでは?と思えた。
しかしながら、全体的にはソン・ジョンウ氏の寄稿も含めて、韓国の状況が分かりやすく捉えられるいい特集だったと思う。

東氏の文章の中で、今回の韓国での調査をきっかけに立ち上げた彼らの交流団体ACCF「アジア文化コンテンツフォーラム」では、参加者、協力者を求めている、とあった。
一瞬「面白そうだ!」と思ったが、良く考えたら、ソヴィエト体制論だけで頭がメルトダウン(@@;;)、『ユリイカ』も今回はじめて読んだなんていう奴が、頭脳的についていけるわけないよな〜(爆)

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2004.05.11

「JAZZ & KOREA」というサイト(と、嬉しい再会)

前から好きだった韓国の女性ジャズシンガー、「ウンサン」が、ついに4月に日本版デビューアルバムを出し、今週日本でライブツアーをするとのこと(ジャズ雑誌各誌をお読みの方は、既にご存じかも知れないが…)。
ネットではどのくらい、彼女に関する情報が出てるのかしら?と思って、いろいろと検索していたところ、偶然「JAZZ & KOREA」というサイト
http://sound.jp/jazz_korea/
を見つけた。

「おお、私が『韓国ジャズが好きなんだ〜』なんてフいてた頃は、まさか日本で韓国ジャズのサイトが成り立つなんて、考えられなかったな〜。今でも日本に知られてることは本当に少ないけど、そんな中でも、先駆けてこんなサイトを作られるなんて、本当にすばらしい!!」
と、トップページからコロリと感激しまくってしまう(笑)。

それからコンテンツを読み進めて行ったが、またまた感涙の嵐(汗)。
韓国のジャズミュージシャンたちのプロフィールやディスコグラフィー、ライブ情報、さらに翻訳記事や、現地でジャズに携わる人たちに、独自にインタビューした記事まである…。
現地のジャズファンでつくるネットコミュニティに加入されて、活発に情報を集めているようだ。
それに、日本のミュージシャンにお詳しく、ジャズの基本知識や日本の状況をよくご存じのうえで、韓国の情報を語っているのが、何より素晴らしいなと思った。(私はそのへんが弱いので…)

コンテンツによると、作者の方は2001年の前半に、ソウルに語学留学されていたそうだ。
ソウル滞在中の体験をまとめたエッセイのコーナーを拝読していて、…あれ?この方、どこかで知ってるような…。
そうだ!ちょうど01年の年明け頃に、韓国ジャズのことでメール交換をした方じゃないか!!(汗)
もともとジャズが好きで、留学したら韓国のジャズもぜひ聴きたい、と戴いたメールに、私は、うらやましいです〜ばりばり聴いてください〜(笑)と、お答えしたような。
あれから3年、こんなに素晴らしいサイトを作られてるなんて、心底ジャズと韓国に愛着をもっておられるのだな、と思って、本当に敬服すると同時に、久々に胸が熱くなってしまった。

万一人違いだったら…、いやいや間違いない!と勢いでメールを送ってしまったが、彼女も私のことを覚えていてくださり、とても嬉しいお返事をいただいた。
彼女のような方こそ、これからの日韓のジャズシーン交流に無くてはならないのだろうと思う。

それに比べておいらは…、なんて卑屈になっちゃいけないとは思うが、美術の勉強に集中するために、その他のお楽しみにはストイックにはらなきゃ、と思っていたら、結局ただの「やることがない奴」になってるだけのような…。
そんな時に、このようなサイトに出会えると、本当、元気がでてくる気がする。
かなり遠回りな道のりの私だけど、がんばろうと思える(「かけ声ばっかり」にならなきゃいいけど!^^;;)。


国と国とじゃいろいろある日韓だけど、誰かが真直ぐな気持ちでやってることに、文句は言わさないぜ!(笑)

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2004.05.10

CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:5月第2週

●5月8日(土)番組キャスター、年金未納者は誰だ!?(謎)

オープニングトーク。
信也
「今日は西武球場を訪ねて、伊東監督の監督室にお邪魔して40分ほど話し込んでしまいました」
いい迷惑じゃ!!

広島vs巨人の解説前、信也
「いや〜、ホームランが8本も出る試合になってしまいましたね〜」
と、担当の荻島キャスター、
「先に言われちゃいましたよ。未曾有の大混戦を制するのは、なんと言っても投手力ですよね…、って言おうと思ったのに〜」
信也
「ごめん〜」
空気を読め…。

今日は、6試合にメジャー情報、ホームラン15本、小宮山のシーズン初勝利など話題が多く、わりと真面目な話でまとまっていたのだが、やはり美味しいところは最後にとってあった!(汗)

「ネット裏のひとり言」で
信也、
「1分半前に、横の加藤さんが『まだまとまらないな〜』と言ってました(笑)。大丈夫でしょうか、それではどうぞ」
加藤、
「まだまとまってません」(笑)
話し出してみると、
「16歳のJリーガー森本ががんばってる、アメリカではイチロー・松井の直接対決で盛り上がってる、一方バレーでは日本ががんばってる(宣伝かいっ!)、それに比べて政治の世界では、年金払ってないだの、官房長官辞任だの、全然いい話題がない!政治家の皆さん、スポーツに目を向けて、どんなに一所懸命やっているか見てください!!」
(スタジオ大爆笑)
信也答えて、
「いや〜、途中まで、どーやってまとめるんだ?と思って聞いてたけど、まさか年金の話まで持ち出すとはねえ、官房長官の辞任まで、プロ野球ニュースで話すとは思わなかったよ」(爆笑)
さらに、
「政治家の人たちがあんなに沢山払ってないのも呆れたけど、ところで、加藤さん、斉藤さん、アナウンサーの皆さん、ちゃんと払ってる!?」
一同
「払ってますよ〜」(笑)

…そういえば、信也は一言も「私は払ってる」と言ってなかったような(爆)

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●5月9日(日)信也大暴言!生放送にかける男の確信犯とは…

オープニングトーク。
今日は全国的に雨なので、眼鏡をかけたプレイヤーは大変だ、という話し。
斉藤雅樹を捕まえて
信也:「あなたは、眼鏡かけなくていいの?老眼はきてないの?」
斉藤:「ええ、まだ。新聞も大丈夫ですよ」
信也:「もうすぐ来るよ〜(笑)」
いつもながら他人の不幸大好きの信也である。

今回は、解説新人の斉藤雅樹も天然?ぶりを華麗に発揮。
信也、オリンピック代表の投手は誰がいいかという話(ほんとに好きだなこのネタが)を持ち出し、最近のストッパーはみんないまいち調子が悪いのでどうするか、で盛り上がる。
信也、斉藤に
「小林雅、最近調子悪いですけど、代表としてどうでしょうかね?」
斉藤答えて
「いや〜、五輪までには良くなってくるんじゃないかと思うんですが…」
…それって解説じゃないじゃん…(汗)。

その後、全試合の解説が終わった後、点差の開いたゲームでは、負けているチームの投手起用が難しい、という話題で盛り上がるが、大矢が
「斉藤さんも(コーチの時)負け試合の継投、投げさせるピッチャーに悪いと思ったでしょ〜」
と振ると、斉藤、
「いや〜、そういう時は、自分が投げられれば、と思っちゃいましたよ〜」
…投げたらあかんやん…(大汗)
ある意味、この番組では貴重なキャラになる予感。斉藤…。

今日も試合やMLB情報、「今日のホームラン」が多かったので、最後まで比較的無難に進行していたのだが、やはり大ヤマは「ネット裏のひとり言」でやってきた。
信也:「今日の担当の大矢さん、心の準備はいいですか?」
大矢:「いいとも!」
…死語…。
さらに、大矢が「キャッチャーの感性」というテーマで話し、斉藤がバッテリー間の意志の疎通が大事とフォローしたところ、信也、
「ねえ大矢さん、ビッチャーとキャッチャーの相性って、あるでしょう?」
大矢答えて
「試合中はあんまり気にしませんけどね、そりゃ個人的な好き嫌いはありますけど」(笑)
そこですかさず信也、
「大矢さんは誰だったの?だれだれ?言っちゃいなさいよ〜」(スタジオ大苦笑)
何度もくり返すようだが、やはり心底、人の悪口が好きな信也である。

しかも、最後の最後で、アナウンサーたちにも向かって、王様信也、とどめの一言。
「ねえみなさん、放送だって、感性なんですよ!生放送の進行なんて、何を言ったっていいのよ!!」
…。
…。
この分だと、番組から発せられる毒霧はさらに濃度を増しそうな、今週のOAであった。

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2004.05.09

『全体芸術様式スターリン』ボリス・グロイス

タイトル:『全体芸術様式スターリン』
著者:ボリス・グロイス
出版社:現代思潮新社
定価:2800円
初版:2000年7月
ISBN:4-329-00411-9

==============================

…難しい、難しかった!!(大泣)
マルクス理論もロシア哲学もロシア文学も、スターリン〜アンドロポフ間のソ連史とかも良く知らないまま、読んでいるんだから、そりゃそうだろう。
大学で、「マル経」専門の先生がやってる「経済体制論」という授業(90年代初頭において、マル経が経営学部の科目にあるなんて、ウチの学校くらいだろと言われてたが)を、たまたま時間割の都合上取ったら、ちょうどその年、ソ連が解体してもーたし(苦笑)。

この本では、主にロシア・アヴァンギャルド芸術とスターリン体制との間にあった差異と、その根底にある共通分母をテーマとして、後半は1970年代以降「ソッツ・アート」と言われた、スターリン体制を再検証する芸術表現について描かれている。
と、大まかにはまとめられるだろうが、実際のところは、先にも書いたとおり、ソ連邦の長年のありよう、体制、経済、市民生活をリアルに知らないと、ピンと来ないところが悔しかった。
しかし、分からないなりにも(…)特に興味深かったのは、スターリン文化の歴史に対する認識の部分だ。
自分の言葉で書こうとすると絶対間違えそう(泣)なので、一部を引用させていただくと、

********************
スターリン文化はみずからを、じっさいに(括弧内略)歴史以降の文化と思いみなしており、歴史以降の文化にとって「資本主義的な環境」は張り子の虎にすぎず、それは「階級闘争の歴史」全体とともに内実を失っていたのである。
(本文P82)
********************
社会主義リアリズムにとって歴史はすでに終わったものであり、社会主義リアリズムは歴史に占めるべき一定の地位をもたない。社会主義リアリズムは逆に歴史そのものを闘技場とみなしていた。
(本文P95)
********************
「生活の建設」にかけるスターリン時代の熱情は、みずからを過去へのたんなる退行とする評価を斥ける。なぜなら、この熱情が主張するのは、未来と過去を区別すること自体意味のない絶対的な黙示録的未来だからである。
(本文P139)
********************

…つまり、スターリン体制、というかソヴィエトを貫いていた思想とは、彼ら以前の歴史はソヴィエト出現を前に既に終わっており、ソヴィエトにおける文化とは、それまでの歴史から彼らの思想に合致するものだけをサンプリングできる、「超歴史的」な文化をつくってもよい、とされているのだ。

そう考えると、教養としてマルクス理論を読んだ年代の人からはバカにされるかも知れないが、ソヴィエト社会の形成課程と、その根底にある数々の理論には、余りにも深く渾沌とした歴史があることに、改めて驚かされた。
#中学の世界地理で「コルホーズ」「ソフホーズ」だけ勉強した私の世代じゃ、そりゃ全然歯が立たないわけだ(泣)。

しかしこの本、実は88年に書かれており、この時点では著者も、まさかソ連がその数年後、あっさり解体して普通の?共和国になってしまうとは、さすがに想定外だったようだ。

ボリス・グロイスという著者だが、81年に西ドイツに亡命し、批評活動をしている人物だそうだ。
この本自体も、その視点の斬新さに、各地で話題になり、翻訳前にも日本の思想界では話題になっていたらしい。
ネットでざっと調べただけでも、いくつかの書評があがっているが、彼の理論自体については、賛否の分かれる部分も多いようだ。
#その是非を自分なりに判断できない自分の無学ぶりが、どうにももどかしいのだが…(泣)

全体的には、装幀もきれいで、翻訳文としては読みやすい方なのがありがたい。
また、巻末の人名・事項注が分かりやすく、私のようなロシア初心者には、大変助けになった。
できれば、図版類がもっと多ければ(それは原書の問題なのだろうが)、より理解しやすかったのではと思う。

いずれにしても、ロシア・アヴァンギャルド本をこれから読んで行くには、分からなかった(…)ながらも、後々でじわじわ効いてきそうな本かな、と思えるので、読んで良かったと思っている。

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2004.05.08

「新着記事一覧」の謎、続編

下の記事「CS『プロ野球ニュース』5月第2週…」だが、実は先ほど(8日0時過ぎ)にアップしたところ、またしても、2番目の記事「「新着記事一覧」の謎、後編」がアップされてしまった。
うーん…。

しかし、今回はここで慌てない。
過去数回のトラブルから、実は秘策をあみ出したのだ(笑)。

これまでの経緯から考えるに、この不具合は、特定の記事について、私のココログのサーバエリアと、新着記事一覧を集めるサーバとの間で情報が混乱してしまい、一度送られた誤情報が、何度繰り替えしアップしても訂正されない状態だと考えられる。
ならば、その誤情報を持ってしまった記事とは別に、新たに記事をアップすれば問題ないはずだ。
つまり、新規投稿を開いて、同じ記事をコピペして2重にアップし、その後に、誤情報を持ってしまった前の記事の方を、削除すればいいのだ!

この方法を試したところ、「CS『プロ野球ニュース』5月第2週…」は、2回目は問題なく新着一覧にアップされた。
多少原始的(笑)というか、対処療法的ではあるが、それで間違いなくアップが成功するならありがたい…。
念のため後ほど、問い合わせメール先に報告しておくことにしよう。

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CS『プロ野球ニュース』5月第2週番外編:「くりくり投手」とは何ぞや!?

本来、この記事は、メインキャスター佐々木信也を中心にお送りするシリーズである(勝手)。
しかし、今回は、5月4日の平松政次、苫篠、池山3人の回が異常に?面白かったので、特別にその内容をご紹介しよう。

その予兆は、本番途中で既に見え隠れしていた。
「メジャー情報」映像の後、おもむろにカメラがスタジオの平松へと切り替わると、そこに映っていたのは…。
紙コップで飲み物を飲みつつ、ぼけーっとモニタを見つめる「素の平松」の姿であった。
一瞬何が起こったのか分からず、次の瞬間まじ大慌てする平松!(スタジオ大爆笑)。

その後、気を取り直して最後の「ネット裏のひとり言」。
今日の担当とまぴょん苫篠、
「自分が子どもの頃は、野球漫画やアニメに憧れて、ますます野球に熱中したものだ。今は野球漫画/アニメが減って淋しい。漫画/アニメ業界のみなさん、ぜひ野球ものを沢山作って、野球少年に夢を与えてください。」
と語ると、早速3人で、野球漫画の話で盛り上がる。

池山:「『侍ジャイアンツ』のハイジャンプ魔球、真似したよね〜」
苫篠:「『巨人の星』とかね、平松さん出てましたよね(笑)」
と、平松、おもむろに熱く語り出し、
平松:「僕らの頃はね〜『くりくり投手』っていう漫画があったんだよ」
池&苫:「は、はぁ!?」
平松:「そのくりくり投手っていうのがね、ドロッカーブっていう、ドロップして曲がる魔球を投げるんだよ。あんな魔球を投げてみたいと思ったよね〜」
池&苫:「…」
平松:「本当に知らないの?くりくり投手」
池山:「僕らは知りませんねえ」(笑)
最後に池山ポツリ
池:「いや〜、でも、『くりくり投手』にはびっくりしましたね〜」(スタジオ大爆笑)


…OA後、いったい「くりくり投手」とはどういう漫画なのか?早速調べてみた。
数々のビンテージ漫画系サイトを見てみた結果、「くりくり投手」は実際にあった漫画だった(笑)。
ちなみに現在でも、当時の単行本がかろうじて残っており、その筋では取引されているらしい。
作者は貝塚ひろし、昭和30年代後半『おもしろブック』に連載されていた作品で、魔球漫画のハシリといわれているそうだ。
(うーん、貝塚ひろし、私は名前だけ、ぎりぎりリアルタイムだな)
平松が「ドロッカーブ」と言っていたものは、実際には「ドロッシュート」といい、ドロップの変化をした後シュートの変化をする魔球だった(汗)。
作品中では、「ドロッシュート」の他にも各種の魔球が開発されていた模様。

そりゃ、昭和40年生まれの池山、41年生まれの苫篠じゃ、知らないよな…。
蛇足だが、うちの連れ合いも40年生まれだが、野球漫画の最初の記憶は『男どアホウ甲子園』の最後の方が、かろうじてリアルタイムだったとのこと。
私は、アニメなら『巨人の星』『侍ジャイアンツ』の再放送、漫画なら『ドカベン』ですね(おそまつ…)。

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2004.05.07

「新着記事一覧」の謎、後編

この2つ下にアップした、「『新着記事一覧』に2番目の記事がアップされちゃうの謎」
http://gozar.cocolog-nifty.com/meongmoengi/2004/05/2.html
について、昨晩nifのサポート宛に再度メールを送ったところ、今日の夕方に返事が届いた。
サポートのみなさん、本当に迅速な対応、ありがとうございます(大感謝…j_j)。

で、回答いただいた内容はというと「サーバーに過多な負荷がかかった場合、データ転送についてエラーが生じることがあるので、それが原因かもしれない」という主旨だった。
つまり、どうも、私のココログのサーバエリアと、ココログナビ新着一覧との間の連絡がうまく行かない時がある、ということらしい。
今後、ココログスタッフの皆さんにご苦労をいただき、サーバの負担がもっと少なくなれば、この不具合も解消されるかも…。

とりあえず、現状その後2つの記事は、問題なくアップされているので今回はOKとして、今後また同じトラブルがあれば、裏技開発(笑)も含めて、ご報告したいと思いますです。はい。

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『ロシア・アヴァンギャルドのデザイン—アートは世界を変えうるか』海野弘

タイトル:『ロシア・アヴァンギャルドのデザイン—アートは世界を変えうるか』
著者:海野弘
出版社:新曜社
定価:2200円
初版:2000年9月
ISBN:4-7885-0736-6

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海野弘という名前には、小学校のころに毎月家に届いていた『花椿』を通じて、古くから馴染んでいた。
彼の明解で読みやすい文章で描かれる、アール・デコやモダンデサインの世界は、その後の私にもいろいろ影響をおよぼしてくれたと思う。
何しろ、10歳やそこらのチビっ子が、「バウハウス」とか「イサドラ・ダンカン」なんていう単語を覚えてたのだから…(今考えると超なまいき!^^;;)。

あとがきによれば、ロシアのモダンデザインの動向について彼がまとまった言及をするのは本書が初めてだったらしいが、そうは思えないほど分かりやすくまとめられている。
もちろん、いつもながらの簡潔で親しみやすい文体で。

ロシア・アヴァンギャルドといえば、ロシア革命からスターリン体制に至るまでの期間に広まった、マルクス理論を基盤にしたデザイン運動だ、とまとめられるが、そのなかでさまざまな体制、路線、作風の違いをもつ作家たちが、複雑に絡み合って時代を進んできた様子が良く分かった。
構成主義やその周辺の各理論は、マルクス理論自体も深くは把握してない私には、ちょっと難解ではあったが、それでも理解の大きな手助けにはなったと思う。

また、革命直後ソヴィエトといえば、国際社会で突出した存在であったように思っていたが、実は文化面ではパリやドイツなどとの交流がかなりあり、またロシア独自の民俗芸術が、西欧である種のエキゾチズムを持って迎えられていた時代背景なども描かれているのが、個人的には認識を新たにするところだった。
この点では、パリを中心に活動していた「バレエ・リュス」に関する記述などが、特に興味深い。
(もっとも私は、バレエ自体は全然詳しくないんですが…)。

海野氏の文章はとても平易で好きなのだが、参考論文として読むにはちょっと一般向けすぎるのと、どうしても人物列伝的な要素が多くなってしまう(それはそれでとても参考になるのだが)のが、個人的には惜しいなと思う。
この本も、後半1/3は、人物別の生涯と作品紹介に割かれているし…。


私が、今ロシア・アヴァンギャルドを読んでいるのは、ひとつは学校の「現代芸術論」の課題のためでもある。
ただもともとは、韓国における「社会運動と連結した芸術運動」への関心から、派生している。
韓国現代の、特に80年代の民衆芸術運動は、いわゆる社会主義的な芸術運動…、メキシコ壁画運動、中国の(魯迅が指揮した)木刻運動、また木刻運動が影響を受けた東欧の社会主義リアリズム的表現(ケーテ・コルヴィッツのような…)etc. を、思想的な下敷きとしている。
そこで、どんどんこのロシア革命期…1920年代を掘り下げていくと、ロシア・アヴァンギャルドも避けて通れない道であるというわけなのだ。
もちろん、ロトチェンコやステンベルク兄弟のデザインがクールで大好き!という、感情的なソレもあるんだが(笑)。


最後に。
この本では、というか、一般的には、ロシア・アヴァンギャルドはスターリンらの社会主義リアリズム主張者によって否定され、第一線から退いた、ということになっている。
しかし、ちょっとこれとは違う、結局どちらも同根ではないか?という理論を展開している、別の本を、ちょうど読み始めたところだ。
こちらも読み終わったら、改めて感想を書いてみたいと思う。

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「新着記事一覧」に2番目の記事がアップされちゃうの謎

この下にある「『写真の歴史』クェンティン・バジャック」という記事、実は最初にアップしたのは、5月5日の晩だった。
ところが、いざ書いてアップしてみると、ココログナビトップの「新着記事一覧」には、そのすぐ下にある、5月3日にアップした「高遠さん…」の記事が載ってしまっていた。
カテゴリ別新着の「書籍・雑誌」にも、もちろん載ってこない。

あれ?今度もかいな、実はこんな事が過去2度ほどあった。
試しに時間をおいて、もう一回アップ…だめだ。
「投稿時間」を替えて、もう一回…まただ。

しょうがないので、niftyのサポート宛に問い合わせメールを書いてみる。
「返事には数日かかる」とあったが、ほぼ半日で返信が届いた。
回答は、「IEでキャッシュが残っていると、こういうことがありうるので、キャッシュが残らないよう設定し直してみてください」という趣旨の内容。
そこで、早速設定をいじってみるが、いじりながら気がついた。
「キャッシュに問題があるなら、別のハードから操作してみればうまくいくはずじゃん!」

日頃殆どココログの操作をしない、特に3日以降は全然いじっていない他のMacでココログを開いて、もう一回「写真の歴史」を投稿し直してみる。
そして20分後…。
ココログ新着に出ていたのは、やっぱり「高遠さん」だった!(j_j)(j_j)(j_j)。

いや、もちろん、nifのサポートの方を責めているのではないのです(j_j)。
明日もう一度、メール送ってみよう…。
もし、同じようなご経験のあるかた、ぜひ教えてください。
どうかよろしくお願いいたします。


…というわけで、私は結果的に「『高遠さん』の記事をむやみやたらに主張しまくりたい奴」になってしまいました。
とりあえず、ここ2日間の異常にくどすぎるアップ状況を見て「何だこいつは不愉快な!」と思われた方がもしいらしたら、大変申し訳ありませんでした(大泣)。


追記
この記事自体は、ごく正常に新着一覧にアップされました(笑)。

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『写真の歴史』クェンティン・バジャック

タイトル:『写真の歴史』
著者:クェンティン・バジャック
訳者:遠藤ゆかり
出版社:創元社
定価:1400円
初版:2003年8月
ISBN:4-422-21169-2

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うーん、まず内容はおいといて(苦笑)、読みづらい本だった!
なぜかと考えてみると、この「『知の再発見』双書」というシリーズが新書判なのに、原書の図版を思いっきり全部詰め込んであるので、誌面レイアウトとがどうにも落ち着かなくて、本文の流れがよくない。
それに翻訳書独特の読みにくい文体だし(いや、これは私が読みなれてないだけなのですが、きっと)。

内容面からいうと、『写真の歴史』っていうタイトルどおり、タゲレオタイプやコロタイプとやレタッチ技術や、写真史の超基本はバッチリ押さえられている。
その代わり、他の写真史の入門書と比べて、特に新しい視点や発見を提供しているとも思えないのだが。
もちろん、地域的にはフランスを中心にしたヨーロッパ中心の視点に留まっている。

あと、通史かと思ってせっせと読んでいたら、実は後半ページは資料編で、本文が1880年代までの記述でで終わっちゃった!(泣)。
個人的には、『写真の歴史』と謳うくらいなら、20世紀以降の写真の諸問題…、「LIFE」に代表されるような大規模出版ジャーナリズムと写真の関係や、グラフィックデザインにおける写真、カラー写真の一般化…、そのへんまでは、もれなく突っ込んで欲しかった。
#いや、印刷やデザインと写真の関係を歴史的に語るなら、むしろ印刷史の範疇なのか?あるいは、微妙にどっちの範疇からもはみ出しているんだろうか?

この原書を出版してるフランスの「ガリマール文庫」って、日本でいうと岩波新書とか中公新書みたいな名著文庫らしいが、この内容であれば、日本人の手でまとめられたもの(それこそうちの大学の「映像文化論」の教科書…)でも十分、むしろその方が読みやすいや、と思ってしまった。


…これだけだと、ただの文句たれ(苦笑)になってしまうのでもう一言。
今読んでいる韓国の写真の論文集で、タゲレオタイプのアジア伝来について書かれた面白い論文が一編あるので、他の論文も含めて一冊読み終わったら、改めて感想書いておきたいです。はい。

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2004.05.03

「高遠さん批判」について:みんな分かってんのか?

イラクで人質になった「高遠さん」は、この前の郡山さんと今井さんが開いた会見に出席しなかった。
理由は、PTSDの影響で精神的ダメージが大きいとのこと。
これに関して、一部で「PTSDを言い訳にした逃げではないか」という批判があるという。

この話を聞いて、前に書いた「雅子さん問題」と同じ感覚を覚えてしまった。
高遠さんにしても雅子さんにしても、批判側の言い分は
「自分でリスクを覚悟した上で(イラクあるいは皇室に)行ったのだから、甘っちょろいことは言うな」
という主旨で一致している。

…。
最近は鬱やPTSDなど、心の病気の問題も大分理解されるようになったとは思うが、それでもまだ、分かってない連中がいるんかいな。
そもそも、心の病気なんて、リスクも覚悟も全て承知すれば予防できるような、そんな単純なものではないんじゃ?
もちろん、遺伝形質や人格形成で個人差は出るかもしれないが、本当に風邪に例えられるように、誰でも発症する可能性があるはずだ。
そのことを常に心の片隅に置いてさえいれば、みんなもっと慎重にものを言うはずなのだが…。
大体、批判している人間の中に、いつ殺されるか分からないような場所に居たり、それまでの自分の常識が全然通じないような場所に嫁入りしたことのある人間が、一体どれだけいるんだ?
そんな連中が、外野に立って、彼女たちの身体と精神の状態を云々する方が、よっぽど無責任だと思う。

近年、世間ではバリアフリーだユニバーサルデザインだと声高に叫ばれ、自閉症やダウン症を題材にしたTV番組などで、それらについて理解が広がっている、もちろんそれ自体はとても大切なことだと思う。
しかし、彼女たちのように、社会と摩擦を起こしたら最後、自称「ふつうの人たち」から袋叩きまがいの目にあうのも、矛盾したもうひとつの現実だ。

結局、「ふつうの人たち」は言葉だけきれいごとばかり、いざとなったら弱肉強食、適者生存の論理を振りかざして、「ふつうのスタンダード」について行けない厄介者を、さっさと切り捨てたいだけなんじゃないだろうか。
冗談じゃないよ、怖くなったよ、ほんと。

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CS『プロ野球ニュース』今週の佐々木信也:5月第1週

●5月1日(土)番組の『長老』関根翁、老いても毒針は冴える!(汗)

オープニングトーク。
信也、巨人の某コーチ(前に慶應の後輩だと言っていた「U」コーチか?)に、「巨人のチームワークって、どうなの?」と聞いたとのこと(大汗)。
某コーチ答えて「ご想像におまかせします」だそうだ(爆汗)。

っていいのか?信也なんかに言ったら、絶対番組で喋られるって分かるじゃん!>某コーチ

しかし、信也は容赦なく、関根潤三翁(微笑に潜む毒牙)に
「実際どう思います?」
などと、ご丁寧に振ってしまう。
関根翁、答えはもちろん、
「そーゆーことでしょっ(びしっ)」
いきなりスタジオ中に充満する毒気…。

パ・リーグの試合解説後、順位表を見ながら信也、関根翁に向かって
「どうでしょうか、西武とダイエーで、このまま出るんでしょうかねえ?」
そこで関根翁、
「まあ、追いつけるだけのチーム力が他(チーム)にないですからねえ(びしびしっ)」
…思わず引きつる斉藤明夫。
こうなると「今日のホームラン」は、関根翁が獲得か?(汗)

しかしこのあと関根翁、阿部@Gのバッティング好調の原因を、珍しく?こんこんと力説する。
これで多少毒性が中和されるか…。

と思ったら、最後に「ネット裏のひとり言」で、斉藤が、関根監督に使われて?いた頃の話を持ち出す。
現役の頃、ある連戦で最初は休んでいていいと言われたのに、うっかり「じゃ、とりあえずベンチに入っときます」と言ったばっかりに、リリーフに駆り出され、そのまま3イニングくらいのロングリリーフに指名されるようになってしまったと、斉藤の弁。
そこで関根翁ひとこと、
「ぜ〜んぶ、計算ずくでしたよっ(しれっ)」

さすが年の功、その毒針はますます鋭いようで…(激汗)。


【ここでちょっと真面目な話】
今日のOAで気になったのだが、信也、関根翁、斉藤とも、まったく不注意に「がいじん」という言葉を多用してしまっている。
解説者同士の語りモードになると、アナウンサーも訂正をはさめない状態…。
地上波では言えない、CSならではの「毒霧」や「毒牙」は大いに爆裂させて欲しいのだが、一方で放送人として最低限守るべきことは、きちんと注意してやってほしいと思う。

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●5月2日(日)信也&斉藤&高木、三位一体のミスジャッジ欠席裁判!(大汗)

オープニングトーク。
信也、
「MLB中継を観ていて、グローブの指の間の紐を長く垂らしたままにしている選手がいるのが、とっても気になる」
と、わざわざマイグラブ(使ってるのか?)を持ってきて力説する。
高木豊曰く
「練習中は長いままで調整しながら使って、試合になると適度な長さに切る」
とのこと。
日本人でも、長くしている選手がいるという話しになり、信也ひとこと
「無神経なんですかね〜」
…。

ロッテvs西武戦解説のあと、信也、ロッテ小林の抑えが良くないという話を持ち出し、
「ねえ日本代表コーチの高木さん、このままだと、考え直さないといけないねえ」
…何が言いたいねん!信也。
しかもその後、斉藤明夫にも
「斉藤さんは誰がいいと思う?あ、斉藤明夫?」
と寒いギャグ(--;;)。

今日の「ひとり言」とその後、巨人vs広島戦の一塁のジャッジについて話題になる。
信也、解説者になって間もない頃、テレビの解説で「あれは完璧にミスジャッジだった」と喋ったところ、先輩のカリタさん(フルネーム不明。何しろ信也の世代より上の人なので…)に「審判は絶対だ」と怒られたことがあるそうだが、
「でもアウトはアウト、セーフはセーフなんですけどね〜。」
とぽつり。
納得いかない相手は、ついつい責めてしまう信也…。
さらに3人で、
「あの一塁塁審は目が全然ベースに行ってない!」
「4人の審判が誰も観てなかったのか?せめて4人で議論くらいしろ!」
さらには
「山本監督の抗議の仕方が悪い!栗原の抗議も甘い!」
3人でよってたかって、番組名物「言いたい放題」炸裂…。

そして最後にとどめの一言、
「今日は長い試合が多かったな、という一日でした。では。」
いつもながら試合時間が長いと怒っている、信也であった。

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2004.05.01

「風になりたいを1,000人で唄おうプロジェクト」でうっかり勘違いの合唱おたく…

最近、おかげさまでアクセス解析でも「NHK音楽コンクール」関係での検索をたくさんいただき、久々に合唱曲づいている(?)この頃です。
で、あるところで
「風になりたいを1,000人で唄おうプロジェクト」
というサイトを見つけました。

「おお、あの合唱曲の『風になりたい』を1000人で歌おうとは、合唱業界もなかなかやるじゃないか!」
と、思わずしばし感激に浸りましたが、この時迂闊にも、私の頭の中では
「喜志邦三作曲 混声三部合唱」、ワルツのリズムの小中学生向き、まきばで羊の群れが草を食べている歌詞の風景の、あののどかな曲が、思わずぐるぐると大回転してしまいました(大汗)。

…ごくごく一般的に考えりゃ、『風になりたい』といえば、こっちですよね。
「風になりたいを1,000人で唄おうプロジェクト」のサイト
http://nega.under.jp/kaze/
これはこれで大いに応援したいし、実現したらとても楽しそうです(^^)。


でもって、そんなこんなで、元祖?『風になりたい』の情報を求めてネットサーフィンしてるうちに、2ちゃんの合唱関連スレを、もう2時間以上も爆読みしている、私の連休1日目なのでありました(泣)。
まあ「大地讃頌」1万人大合唱をやりたーい!と思っている人が、私だけじゃないと分かっただけでも、この連休は良しとしておこう(汗)。

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