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2004.05.16

『ちいさな箱 鎌倉近代美術館の50年 1951-2001』神奈川県立近代美術館 編集

タイトル:『ちいさな箱 鎌倉近代美術館の50年 1951-2001』
著者:神奈川県立近代美術館 編集
出版社:求龍堂
定価:2500円
初版:2001年11月
ISBN:4-7630-0133-7

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この本は題名どおり、神奈川県立近代美術館(通称:鎌倉近代美術館…なぜこの通称があるのか、館名にまつわる逸話も載っている)の、開館から50年間のあゆみをまとめた本だ。
「50年史」といっても、いわゆる編纂された館史、というスタイルではなく、各時代当時に書かれた文章や、多くの関係者の短い寄稿を集めて構成されている。
時系列や、各原稿の著者について、読みながら少し混乱するところもあるのだが(もちろん、巻末に年表と寄稿者一覧は載っている)、それぞれの文章が、各人が館で体験したさまざまな出来事や、館への思いを率直に綴っており、むしろ時代ごとの空気をいきいきと伝えてくれる、貴重な記録集になっていると思う。
何より、このスタイルのお陰で、(上に挙げた点を除けば)とても読みやすく、読み物としても面白い。

通史から特に感じられるのは、開館当時の土方定一副館長(のちに館長)をはじめとした、学芸スタッフの豪快なパーソナリティと(失礼!^^;;)、館の運営にかけるパワーの激しさだ。
1951年といえば昭和の26年、まだサンフランシスコ講和条約前の日本社会で、「県立」美術館をつくる試みがどんなに大変な事業であったかは、本書にも書かれているが想像がつくことだ。
しかし、土方氏らはさらに「近代」という括りを設けて、当時のニューヨーク近代美術館をモデルにした運営をめざしていた。
それは、戦前の歴史博物館的な美術館とは一線を画した、近代から現代にかけての美術を蒐集、研究、展示し、実験的な美術活動の紹介と評価、そして広く一般への社会教育を図る機関として、日本の新しい美術館のありかたを具現化することだった。

また、浅学を恥じずに言えば、土方定一氏の具体的な美術論に触れるのは本書が初めてなのだが、彼の美術に対する基本姿勢…、フランスイタリアよりドイツ美術、メインストリームへの懐疑、中央(東京)より周辺(鎌倉)、隠れた作家・作品の再照明、美術史への多様な切り口etc.には、深く感銘を受けた。
70年代に館に勤務された福島三喜男氏の「土方イズム」というエッセイに
「画家たちの絵画精神(芸術意志)が時代の社会背景のなかで、どのようなかたちで発現しているのかを見極めるべきだ」(P130)
という彼のことばが、福島氏にとって忘れられないことばとして載っている。

いきなり私の話で恐縮だが(大汗)、私が韓国現代美術を追っかけて行くなかでも、社会背景と芸術意志の関係はとても重要なテーマのひとつであり、このことばが、改めてそのことを私に銘心させてくれた。
土方氏は魯迅らが主宰した「木刻運動」期の中国木版画を精力的に集めており、戦災で消失したが、戦後内山嘉吉氏より多数の寄贈を受け、近現代中国木版画の展覧会も開催したとのこと。
戦前戦後の複雑(たぶん)な、日本の対中国観のなかで、「木刻運動」を評価していた点も、彼なりの芸術観として興味深い。
#いや、単にドイツ表現主義版画からの流れだったのかも知れないが…(汗)
なお(笑)、美術論以外にも、学芸員たちのエッセイの中には、土方氏の言動に振り回されてもう大変!という類いの思い出話もあり、人間的にも大変魅力的だった方のようだ。

本の中で「農民戦争のブント代表者」と称された、学芸員諸氏たちの行状記も面白かった。
もちろん、それぞれに美術に対する深い知識と、展覧会運営への情熱を熱く感じるのだが、学芸員室には午後出勤、3時にはどこからかビールが出て来て、お客さんがくればまた一杯…(大汗)、という「豪快くん」ライフぶりには驚かされた。
しかし、そんな大らかさや個性が、物事をなす上での「怪力」として作用したのであろう。
とにかく、昔の人?は何ごとにもパワーがあったんだな、ということで(汗)。

この本のもうひとつとても大切な点は、学芸スタッフだけでなく館の運営を支える事務長、また清掃や監視、もぎりで働く「おばちゃん」、館内喫茶室のスタッフまでに言及されていることだ。
「おばちゃん」に関しては、旧スタッフの方々の座談会まで収録されている。
展覧会の予算どりなどでは事務方が骨折りし、「おばちゃん」たちは学芸員に説教し、喫茶室ではスタッフの入れたお茶で作家や来客たちがくつろぐ…。
美術館の裏方の大きな役割が、自然に表現されているところが、この本の読みごたえの元でもあり、また50年の歴史が為せる技なのだと思う。

本書のなかで惜しい点を挙げるとすれば、美術館の現在の組織、本館・新館・別館の館内図面、また葉山館の完成予想図など、本が発行された2001年現在における、館の姿を具体的に記録しておけば、より資料的価値が高いものになったのでは、と思えるところだ。


ところで、個人的にも「鎌近」には3回ほど訪れたことがあるので、「鎌近」そのものに対する私の思いみたいなものを、改めて書いてみたいと思う。
…ここまでど長文、おつきあいありがとうございましたm(_ _)m

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Comments

もんもんいさん、立て続けに失礼します。
木刻運動のこと、どこに書こうか迷ったのですが、こちらに書き込みます。
「韓国の80年代民主化運動時の「民衆版画運動」が、木刻運動の理念から大きな影響を受けている」というお話(わたしのblogにコメントしていただいた)は、こちらなにせ韓国について不勉強なので初めて知りましたが、たいへん興味深い現象ですね。
おっしゃるとおり、魯迅の時代と比較しつつ考えることが十分可能であり、またそのことによって面白い論点が出てきそうな予感がします。
で、こちらもちょっと興味を持ちましたので、韓国80年代の「民衆版画運動」について、なにか参考文献--日本語の(苦笑)--があれば、ご教示いただるとうれしいのですが。
厚かましいようですが、よろしくお願いします。

Posted by: ShimiKen | 2004.05.25 at 07:50 PM

ShimiKenさま

いや、美術史思想史の基礎もあやしい、ただの韓国美術おたくに、このようにおっしゃっていただけるなんて、もう穴があったら入りたいくらい恥ずかしく恐縮です(激汗)。

正直、民衆美術運動に対する日本美術界の認識は「全然まだ」と言ってもいいくらい貧弱(大汗)なので、日本語の文献も数は多くありません。
ただ、中でも論文集やムック本のなかに発表された文章の中に、とてもいいものもありますので、後ほどメールでまとめてご案内申し上げます。

ところが、実は月末締切がそろそろ危なく、しかも週末に法事で実家に行くので、今「けつかっちん」状態(大トホホ)でして、まとめるのにしばらくお時間をいただければありがたく思います。

当方、魯迅についても、作品は教科書の『故郷』以外は『魯迅美術論集』しか読んでない有様で、前の「NHK人間講座」で付け焼き刃学習しただけなので、もっと他の作品や評伝なども読んで、彼の活動を学んでいきたいと思っています。

#何か、今日一日だけで、必読書が激増したような…(汗)。

Posted by: もんもんい | 2004.05.26 at 04:35 AM

面倒なお願いをしてしまい、全く申し訳ありません。
こちら、べつに急いでおりませんので、気にしないでください。

Posted by: ShimiKen | 2004.05.26 at 07:08 PM

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