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2004.04.27

『絵とき 百貨店「文化誌」』宮野力哉

タイトル:『絵とき 百貨店「文化誌」』
著者:宮野力哉
出版社:日本経済新聞社
定価:3800円
初版:2002年10月
ISBN:4-532-31007-5

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映画館や民間の劇場に行くと、緞帳に「●●百貨店」という文字が入っているのを昔よく見た。
「百貨店って、こういうのの制作にお金出して、広告出してるんやな〜」
と、簡単に思い込んでいたのだが、実はこの手の緞帳の多くは、百貨店で直接受注して、作ったものだったらしい。
と、この本を読んで、初めて推察してみたりして。

本書は、江戸時代の呉服商、つまり繊維製品にかけてはエキスパートな小売店たちが、明治以降、西洋のデパートメントストアの手法を取り入れて、どのように現在の日本型「百貨店」を作り上げて行ったのかが書かれている。
もっともその切り口は、いわゆる経済史、流通史からの視点ではなく、百貨店を取り巻いたクリエイティブワーク…建築やディスプレイ、広報広告、新製品開発、文化活動etc. を素材に描かれているので、一般の百貨店ファンや、おいらみたく販売店の宣伝部員くずれなのに数字がまるで苦手なデザインおたくでも、十分楽しんで読めた。
というのも、著者の宮野氏は、大丸京都店と横浜高島屋に宣伝部員として長く勤務し、店鋪計画やデザイン販促の視点から百貨店に関わってきた方だそうだ。
時々、話が百貨店そのものから派生して、松屋が始めたグッドデザイン商品コーナー選定(当時は審査員に岡本太郎画伯がいた!)の話や、北欧デザイン展示会合戦(日本人の北欧デザイン好きはここが起源か?)の話にひと項目割いてしまうあたりが、実にデザイナーらしいトピック配分(苦笑)で、個人的にはナイス(笑)。

…おっと、おいらもうっかり脱線しかけたが(大汗)、個人的に特に目新しかったのは、明治時代、呉服店はいかにして「百貨店」になるべきか?その試行錯誤の豪快さや珍エピソードだ。
昔の呉服店は、靴を脱いで入店、座敷で店員がお客の希望を聞いて商品をいちいち持ってくる販売スタイルだったのは、良く知られている。
で、百貨店になりかけの呉服店たちが一番苦心し戸惑ったのも、ずばり「土足入店」「陳列販売」の是非だったのだそうだ。
このうち、「陳列販売」は比較的早く実現しているが、「土足入店」は、店鋪が洋風建築に改築された後も暫く実施されない。
(当時の)道路事情を考えると、通路がドロドロになって商品がよごれるのが反対理由だったというのが、なんか「納得〜」である。
この辺のあたふたぶりが、本書の読ませどころのひとつだと思う。

もうひとつ、冒頭で書いた「緞帳」の話の元ネタなのだが、百貨店のあまり知られていない「インテリア・ファブリック」(本文96P他より)事業の歴史を描いていて面白い。
開国以降、日本の産業界は西欧向け輸出商品の開発に迫られたのだが、そのなかで京都高島屋が「美術染織品」と呼ばれるタペストリー類を生産したところ各国の博覧会でも大好評で、本格的な貿易事業に取り組んだとのこと。
その後国会議事堂や東宮御所などの家具調度デザイン・施工も請け負い、なんと客船の一等客室などの内装まで行うまでになったそうだ。
(現在の客船でも、百貨店が内装を受注することがあるらしい、しかも著者の宮野氏は海事史も研究されているそうで、こんな話まで出てきたのだろう^^;;)
百貨店は、「大規模小売店」であると同時に、総合商社的な側面も大いにあるのだろう。
#そういえば、この前コンビニでジュースについてたおまけのパッケージを見たら小さく「●●百貨店商事部」と書いてあった。現在でも百貨店って「商社」的な活動を盛んにやってるのね

著者の経歴上、どうしても「元呉服店」中心の歴史記述に片寄ってはいるが、流石に大阪梅田の「阪急百貨店」はしっかりと描かれている。
ただ、現在のおいらの世代(35歳)以下くらいになると、池袋の東武/西武、新宿の小田急/京王など、鉄道系デパートも大いに身近な存在なので、「老舗呉服店系」と「新興勢力鉄道系」の比較のような記述がもっと充実していたら、もっと面白かったかな、とも思う。
#例えば、本文に老舗系デパートはエントランスホールと吹き抜けのゴージャスさで競った、という記述が出てくるが、反面、ターミナル系デパートのエントランスは、電車乗り場との構造上の問題なのか、エントランスがそっけない、新宿小田急や東急東横店に至っては、エントランスという概念自体が見当たらないような(笑)。
あと全体的には、連載をまとめた物らしいので、エピソードが若干断片的で、時系列が前後するのがすこし読みにくいのが、惜しいなと感じる。


著者は本の前書きで「いまこそ、百貨店は呉服にもどるべきではないか」(まえがき4Pより)と書いているが、私なりに、百貨店はどこにいくのがいいか?と、足りないながらちと考えてみた。
日用品はディスカウントに100円ショップ、雑貨はドン・キホーテ(銀座店開店じゃん!)、洋服はユニクロとか、スーパー系の大きなショッピングセンター(ダイヤモンドシティとか)で買えてしまうこの時代、百貨店のアドバンテージって、何だろう?
そこで、東急日本橋店(旧白木屋)の閉店前の風景が思い付く。
私も閉店数年前に行ったことがあるが、確かに平日昼なんて、客より多い店員さん状態、賑わっているのは、地下鉄連絡口のある地階の女子向け雑貨とアイスカウンターだけだった。
それから数年後、TVで閉店までのドキュメンタリーを見ていて、印象に残ったのが、数十年おつき合いのあった外商のお客さんが、ぼろぼろと涙を流して閉店を惜しむ様子だった。
それで思ったのだが、私なりに今、デパートのアドバンテージあげるとすれば、はやりの「コンシェルジェ」的な接客ではないだろうか、つまり、店頭で外商すること。
現実に、デパートのなかには、目当ての商品を探しづらいお年寄りと一緒に、買い物に付き合う係、また名前通り「コンシェルジェカウンター」を設けているところもある。

デパートという「個人消費者向け総合商社」が、今後どうなるのか、この本で読んだ数々のエピソードのように、とりあえずは面白くあって欲しい(ということは、経営的に存続しないと…)なと思う、この頃であった。

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